空虚の聖域
バルカスが倒れてから、どれほどの時間が経っただろうか。
巨大な炉の火が時折はぜる音だけが、死んだように静まり返った空間に響いている。テオは、物言わぬ肉塊となったバルカスの傍らで、うずくまったまま動けずにいた。
「……バルカスさん。……起きてよ、冗談だって言ってよ」
震える声で呼びかけても、返ってくるのは冷たい沈黙だけだ。
やっと見つけた。この狂った、美しすぎる楽園の中で、自分と同じように「不機嫌」で「汚い」心を持った人間を。たった数時間の交流だったが、あのクイズの時間は、テオにとって人生で最も「人間らしく」いられた瞬間だった。
それなのに、その人は目の前で嬉しそうに毒を食らい、自分一人をこの灰色の孤独に置き去りにして逝ってしまった。
テオは、バルカスの亡骸を見つめ、胃の底からせり上がるような絶望感に襲われた。
この広い世界で、自分を「坊主」と呼んでくれる者はもういない。自分を罵ってくれる者も、嘲笑ってくれる者もいない。ただ、外には意志を失った「幸せな人形」たちが溢れ、ここには「死体」があるだけだ。
「……う、ああ……あああッ!!」
テオは顔を覆い、喉が枯れるまで慟哭した。その涙は、神の慈愛では決して拭えない、人間としての純粋な悲痛だった。
ふと見ると、バルカスの遺体から流れたはずの「黒い血」が、床の上で異様な変化を遂げていた。
それは液体の性質を失い、凝固し、どす黒い光を放つ「結晶の宝石」へと姿を変えていたのだ。バルカスの執念と悪意が物質化したかのような、不気味で重厚な輝き。
テオは震える手でその結晶を拾い上げた。熱い。バルカスの命の残滓が、テオの掌を焼く。
「……これを持って、行かなきゃいけないんだね」
テオはバルカスの遺した地図を広げた。
そこには、迷宮のような洞窟の最深部に、一際大きく『最重要』と記された印があった。ここへ結晶を運べば、世界を正す装置がある。そう信じるしかなかった。
バルカスの亡骸に、震える手でアルフォンスのナイフを供え、テオは歩き出した。
独りぼっち。足音だけが反響する迷宮を、結晶の光だけを頼りに進む。何度も道に迷い、壁を叩き、自分の無力さに呪いの言葉を吐きながら。
数時間の彷徨の末、テオはついにその『最重要』とされる場所に辿り着いた。
古の重厚な石の扉を、渾身の力で押し開ける。
「……嘘、だろ?」
テオの目の前に広がっていたのは、想像していた「神殺しの巨大兵器」でも「超技術の演算機」でもなかった。
そこは、ただの、だだっ広いだけの石の部屋だった。
机一つない。配線一つない。ただ、荒削りの岩壁に囲まれた、空っぽの空間。
バルカスが命を賭してテオを導いた場所には、文字通り「何もなかった」のだ。
「……何もない……? バルカスさん、冗談だろ……? ここに、何があるって言うんだよ!!」
テオの叫びが、何もない部屋に虚しく反響する。
手の中には、バルカスの命と引き換えにした黒い結晶。
足元には、終わりなき孤独。
テオは、ついに膝から崩れ落ちた。神はどこまでもテオを見捨て、希望という名の「最後の毒」を彼に与えたのだ。




