美食の終わり
「――よし、次は俺の番だ。いいか坊主、よく聞けよ」
バルカスはニヤニヤと下卑た笑みを浮かべ、葉巻を指に挟んでテオを指差した。
「数千年前、俺がアルカナ防壁の最終調整をしていた時だ。隣で作業してた同僚のドウェインって野郎が、あまりの空腹に耐えかねて、『あるもの』をボルトの代わりに締め込もうとしやがった。……さて、そいつは何だ? ちなみにドウェインはその後、三日三晩、親方にケツを叩かれ続けた」
テオは引きつった愛想笑いを浮かべながら、必死にバルカスの偏屈な性格からドワーフの生態を類推する。
「……ええと、ドワーフの人は鉄に詳しいから……逆に食べ物に見えたもの……? もしかして、干し肉ですか?」
「ブブー! 正解は『カピカピに乾燥した親方の靴べら』だ! あいつはそれを高級な炭素鋼だと思い込んでやがった。ギャハハハ!」
バルカスは腹を抱えて笑う。テオは重い心境ながらも、この「下らなすぎるやり取り」に、かつて王都でエルゼたちと交わした不毛な会話を重ねていた。この瞬間だけは、外の綺麗な地獄を忘れられた。
「……じゃあ、僕の番です。アルフォンスさんが一度だけ、任務中に僕の前で膝をついて、絶望した顔で呟いたことがあります。……彼は、自分の何が『許せない』と言ったでしょう?」
バルカスは鼻を鳴らす。
「あの潔癖症の暗殺者か。……『服に返り血がついた』とかか?」
「いえ。正解は……『テオ君の寝癖の角度が、昨日より2度ずれている。僕の計算ミスだ』です。彼はそのまま一時間、僕の髪をミリ単位で整え直しました」
「……ケッ、反吐が出るほど細かい野郎だ。だが……嫌いじゃねえな、そういうキチガイは」
数分前まで殺伐としていた空間には、和気あいあとした、どこか陽気な空気が流れていた。
だが、テオは気づき始める。
(……これ、もしかして……永遠に終わらないんじゃないか?)
互いの孤独を埋めるように続く、終わりのない質疑応答。だが、バルカスの瞳の奥にある「覚悟」だけは、一瞬たりとも揺らいでいなかった。
そして、運命の質問が訪れる。
「……最後だ、俺の問いだ。……俺がこの数千年間、時を止めて眠る直前まで、枕元に置いて毎日磨き続けていた『宝物』は何だ? ヒントは、俺の初恋に関係がある」
テオは、バルカスの椅子、机、そしてこの鍛冶場にある「磨かれたもの」を必死に観察した。
そして、ある一点に気づく。
「……それは、宝物なんかじゃない。……バルカスさんが、いつか神様の頭を叩き割るために用意した、『一番不細工な形の、未完成のネジ』じゃないですか?」
バルカスは一瞬、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
そして、声を上げて天を仰いだ。
「――ああ、クソッ! 正解だ! 降参だよ、俺の負けだ、坊主!!」
バルカスは膝を叩いて豪快に笑った。その笑い声は、今までのどんな冗談よりも明るく、そして残酷に響いた。
「……バルカスさん。……勝ったのに、全然、嬉しくないよ」
テオの目から、大粒の涙が溢れ出した。
バルカスは「負け」を認め、清々しい表情で席を立つ。そしてテオを慰めることなく、淡々とこの部屋の設備や地図、食料の場所を説明し始めた。それは、死にゆく者が遺す、あまりに事務的で、あまりに温かい遺言だった。
説明を終えると、バルカスは躊躇なく、脈動する黒い塊の入った箱の前へ立った。
彼はまるで、数千年前から待ちわびていた最高級の酒を手に入れたかのような、恍惚とした、本当に「嬉しそうな」表情でそれを口に運んだ。
「――ごちそうさま、だ。あとは頼むぜ、相棒」
バルカスはそのまま、糸の切れた人形のように床へ倒れ込み、二度と動かなくなった。




