忘れられた古の民
「……くっ、またトラップ……! でも、この角度の矢は……アルフォンスが仕掛けていたものよりずっと遅い……っ!」
テオは無意識に体が動いていた。かつてエルゼとアルフォンスの殺し合いに巻き込まれ、文字通り死線をくぐり抜けてきた日々。当時は「なんて最悪な環境なんだ」と呪っていたその経験が、今、テオの命を繋いでいる。
脳裏をよぎる、毒を吐きながらも笑っていたエルゼと、無機質な顔で殺人的な罠を仕掛けていたアルフォンス。
(……あんなに嫌だった日々が、今ではこんなに恋しいなんて……)
だが、感傷に浸った一瞬の油断が命取りとなった。
「――わっ!?」
カチリ、という乾いた音と共に、テオの片足が頑丈なロープに捕らえられた。視界が上下反転し、テオは洞窟の天井から逆さまに吊るされてしまう。
「……しまっ……! くっ、ロープを、切らないと……!」
テオは必死にアルフォンスのナイフを抜こうとするが、指先が滑り、銀色のナイフは無情にも遥か下の地面へと吸い込まれていった。
静寂。
血が頭に上り、耳鳴りがする。自分の無力さに絶望し、テオが泣きそうになったその時――。
――カツ、カツ、カツ。
暗闇から、先ほどの小柄な人影が姿を現した。
その人物は、テオが落としたナイフをゆっくりと拾い上げると、吊るされたテオの下で、ナイフの柄を手のひらでトントンと叩きながら円を描くように歩き始めた。
「……あ、あの……助けて……っ」
逆さまの視界の中で、テオは相手の正体を目撃する。
子供のような背丈だが、仮面の端からはゴワゴワと逞しい「立派な髭」がはみ出していた。
(ドワーフ……!?)
ルナがかつて語っていた、数千年前に神(熾天使)に逆らい、感情を奪われて滅びたはずの超技術種族。
熾天使の「慈愛」に屈さず、この地底でひっそりと、しかし力強く生き延びていた「不純物」の末裔。
「……ひっ、ひどい顔だな。逆さまだからか? それとも、外の『綺麗な狂気』に当てられたせいか?」
仮面の奥から響いたのは、慈愛に満ちた聖歌などではない。
ガラガラと低く、そして最高に不機嫌で、最高に人間味に溢れた「毒」のある声だった。
テオはその罵倒に近い言葉を聞いた瞬間、逆さまのまま、心から安堵の笑みを浮かべた。




