迷宮の不純物
テオは、アルフォンスから譲り受けたナイフを、壊れ物を扱うような手つきで固く握りしめた。戦いの訓練など受けたこともない。ただ、この冷たい鉄の感触だけが、甘ったるい慈愛に溶けそうな心を辛うじて繋ぎ止めていた。
「……はぁ、はぁ……」
洞窟の内部は、外から見たよりも遥かに広大で、まるで巨大な生物の胎内のように複雑に入り組んでいた。
ふと足元を見ると、湿った砂の上に無数の「人の靴跡」が残っている。それも、迷いのない足跡ではない。まるで何かから逃れ、あるいは何かを伺うような、不規則で重い足跡だ。
テオは意を決して、さらに奥へと歩を進める。
――ガサッ!!
正面の角から、禍々しい影が飛び出してきた。
テオは悲鳴を上げそうになりながらナイフを突き出す。しかし、現れたのはかつて旅人を襲っていたはずの魔物――だが、その姿は異様だった。
魔物の背中からは色鮮やかな巨大キノコが生え、瞳には殺意の代わりに、ぼんやりとした幸福感が漂っている。魔物はテオを一瞥もせず、ただ岩肌に生えた苔をムシャムシャと一心不乱に食べ、そのままトボトボと通り過ぎていった。
「魔物まで……『凪』に呑まれているのか……」
絶望に近い溜め息をつくテオ。
だがその時、四方に分かれた通路の一つ、右端の暗がりに、テオは「異質な影」を捉えた。
全身をボロボロの外套で覆い、顔には奇妙な仮面をつけた小柄な人影。
その影は、じっとテオの様子を伺っていた。慈愛に満ちた住人なら、今すぐ駆け寄って抱きしめてくるはずだ。だがその人影は、テオと目が合ったと確信した瞬間、弾かれたように通路の奥へと走り去った。
「待って! 待ってくれ! 僕は敵じゃない……っ!」
テオの声が洞窟内に反響する。
逃げる。避ける。拒絶する。
この世界から消え失せたはずの「拒絶」という反応に、テオは狂おしいほどの希望を感じ、なりふり構わずその影を追って闇の中へ飛び込んだ。




