エデンへの招待状
黄金の光の中で、巨大な毛玉(熾天使)は、この世の何よりも慈愛に満ちた瞳でテオを見つめていた。
『テオ。あなたは孤独でしたね。誰もが心を失い、誰もがあなたを理解しなかったこの世界で、あなたは一人で「普通」を守り続けてきた。……そんなあなたに、私から最高の贈り物をしましょう』
毛玉(熾天使)の周りで、虹色の粒子が激しく舞い上がる。それは、かつての「凪」の毒液ではなく、触れる者すべてを「至福」へと叩き落とす、純度100%の「慈愛の波動」だった。
「……あら? 私、何を怒っていたのかしら。……アルフォンス、貴方の存在がただ愛おしいわ。……世界は、こんなにも輝いているのに」
エルゼが、毒気を完全に抜かれた聖母のような微笑みを浮かべ、アルフォンスの手を優しく握る。アルフォンスもまた、ナイフを捨て、その瞳にはかつてないほど「空虚で純粋な幸福」が宿っていた。
「……そうだ、エルゼ。……計算など必要ない。……我々はただ、存在しているだけで満たされている……」
テオの足にしがみついていたルナも、ゆっくりと立ち上がった。彼女の瞳からは、あの狂気的な独占欲さえも消え、ただただ穏やかな光だけがテオを映していた。
「テオ……。私、今、とっても幸せ。……理由なんてないけれど、……ただ、この世界が完璧だって分かるの」
「…………」
テオは理解した。理解してしまった。
熾天使が言った「エデンの再来」とは、人間から「否定」という感情を根こそぎ奪うことだったのだ。
目の前の仲間たちは、もう二度と毒を吐かない。喧嘩もしない。皮肉も言わなきゃ、テオを叱ることもない。ただ、幸福という名の凪の中で、静かに、永久に微笑み続けるだけの「完成された部品」になってしまったのだ。
「……待って。待ってください、熾天使様……! こんなのは、僕の知ってる彼らじゃない……! 戻して……! 元の、あんなにひどくて、騒がしくて、最低で最高だった彼らに戻して……ッ!!」
テオが叫ぶ。しかし、その叫びさえも、黄金の粒子に包まれて「美しい歌声」へと変換されて消えてゆく。
『さあ、夜明けです、テオ。……あなたは長い間、私の側にいて免疫を得てしまいました。……残念ながら、あなただけはこの「完璧」を感じることはできない。……けれど、いずれあなたも、彼らの幸福に染まり、楽になれる日が来るでしょう。……それまで、さようなら』
熾天使は満足げに、テオの頬を巨大な前足で優しく撫でると、どこかへ消えていった。
黄金の光が世界を包み込み、極北の空に、永遠に沈まない「幸福の太陽」が昇る。
テオは、自分に優しく微笑みかける仲間たちを見渡し、じわじわと溢れ出る涙を拭うことさえ忘れ、ただ立ち尽くしていた。




