自由落下の痴話喧嘩
ついにその時が来た。耐えきれなくなった鋼鉄のワイヤーが弾け飛び、一行を乗せた昇降機は、重力に従って真っ逆さまに暗黒の底へと堕ちていく。
「あ、あああ……っ!」
テオは恐怖に顔を歪ませ、隣にいたルナを強く抱き寄せた。ルナもまた、診断機を投げ捨ててテオの胸に顔を埋める。恋人同士らしい、この死地において唯一まともな光景がそこにはあった。
モルガンは、もはや全てを悟ったように静かに目を瞑り、炭の袋を抱きしめて動かない。
そしてシアンは……落下する風圧に髪をなびかせながら、涼しい顔で竪琴を奏で続けている。
だが、この絶望的な状況下で、エルゼとアルフォンスだけは違った。
「ちょっとアルフォンス! アンタがさっき余計な体重移動をしたから切れたんじゃないのよ! 死ぬ前にその無愛想な面を氷漬けにして、私の専用墓石にしてやるわ!」
「……フン、……お前が激しく動いて……演算外の振動を与えたのが原因だ。……堕ちる瞬間に、……お前のその厚化粧をナイフで削ぎ落としてやる……」
時速数百キロで落下しながら、お互いの襟元を掴んで至近距離で罵り合う二人。
かつて自ら建設した『愛の急降下』で、文字通り死の淵を何度も往復してきた彼らにとって、この程度の自由落下は「ちょっとしたアトラクションの故障」程度にしか感じていなかったのだ。
ドォォォォォン!!!
轟音と共に、昇降機の箱が最下層の地面を粉砕……したはずだった。
「…………あれ?」
数秒の沈黙の後、テオが恐る恐る目を開ける。
そこには、バラバラになった死体も、血の海もなかった。エトワールが放つ淡い黄金の光が、一行を包み込むように浮遊させていたのだ。聖獣としての本能的な重力魔法が、激突寸前で一行を羽毛のように着地させていた。
「…………はぁぁぁ…………」
エルゼが、大きく、深いため息をついた。
髪を整え、乱れたドレスの裾を叩きながら、彼女は地底の暗闇に向かって虚しく言い放った。
「……何だったのよ、あの議論は。……死ぬ気で罵り合って損したじゃない」
「……計算外だ。……生存確率が100%に上振れするとは」
アルフォンスも、拍子抜けしたようにナイフを収める。
呆然と立ち尽くす一行の足元を見て、ルナが息を呑んだ。
「見て……あのドロドロの液体が、……本当に消えてるわ」
そこにはもう、腐敗した泥も、神の涙の残滓もなかった。
エルゼたちの「醜いまでの熱量」が、落下の衝撃と共にこの地に染み渡り、呪いを綺麗に焼き払っていたのだ。
シアンが、虹色に輝き始めた地下空間を見上げ、朗々と詩を紡ぐ。
「『墜ちてゆくのは体か、愛か。鋼の籠は砕け散り、残ったのはいつもの罵声。……絶望さえも呆れ果てる、愛すべき狂った家族。……おやおや。天使様も、あまりの騒がしさに毒気を抜かれたみたいだね』」




