毛玉を癒せ!
ギギギ……と、いつ千切れてもおかしくないワイヤーが不気味な悲鳴を上げている。エレベーターの箱は、巨大な熾天使(デカい猫)の鼻息一つでブランブランと揺れ、足元には暗黒の奈落が広がっていた。
だが、一行はもはや絶叫することに疲れていた。
彼らは暗闇の中、壊れかけの床に円を描くようにどっかりと座り込み、背後にそびえ立つ「巨大な赤い瞳」を無視して、深刻な面持ちで議論を始めていた。
「いい? 相手は猫よ、それも神のスケールの。……私の計算だと、このまま喉を鳴らされただけでこのエレベーターは粉砕するわ。アルフォンス、貴方、暗殺者の指先でいい感じに顎の下をマッサージできないの?」
エルゼが苛立ちを扇子で隠しながら、ブラックな提案をする。
「……不可能ではないが、……このサイズだ。……マッサージというより、……壁面への重機による掘削作業に近い。……それより、シアン。……お前の歌で寝かしつけろ」
「おやおや、アルフォンス。僕の歌は万能だけど、この子の耳は僕の体より大きいんだよ? 聴覚過敏で逆に怒り出したら、僕たちはこのまま『猫の餌』という名の自由落下だ」
シアンがいつになく現実的なリスクを提示し、ルナは診断機を高速で叩きながら絶望の数値を読み上げる。
「……ダメよ。熾天使の毛包から分泌される負のエネルギーが、エレベーターの制御系を侵食してる。……つまり、この子が『嬉しい』と思っても、尻尾を一振りすれば私たちはレテの底でミンチ(再利用)よ。……テオ、管理責任者として何か言いなさい!」
「僕に言われても……! あ、でも……」
テオがの腕と脇の間から顔を埋めるエトワールを見る。エトワールは巨大な自分の「本体」を見上げ、のんびりとあくびした。
「……モルガン。……お前、元教祖だろう。……神をなだめる呪文の一つや二つ、……知っているはずだ」
アルフォンスが問い詰めると、モルガンは地面にぶちまけた炭を拾い集めながら、真っ青な顔で震えていた。
「……無茶を言うな。私が教えていたのは『感情を捨てろ』という教義だ……。猫に……猫に『無』を説いても、奴らは元から『無』の境地で生きている! ……むしろ、我々が奴らにとっての『動くおもちゃ』だと思われた瞬間、……このワイヤーは神の爪によって断ち切られるだろう……」
「役に立たないわね、この暗殺教祖! いいわ、こうなったら私の冷気で最高級の『氷のカツオ節』を作ってあげるわ! それを食べて満足して寝るのよ!」
「……エルゼ、やめろ。……腹を壊して暴れ出したら、……物理的に詰む」
背後で、巨大な熾天使が「……グルルル……」と喉を鳴らした。その振動だけでエレベーターが1メートルほど自由落下し、一行の心臓が一瞬浮き上がる。
「「「…………(沈黙)…………」」」
死の予感に包まれながら、一行は再び、座ったまま熱い議論(猫談義)を再開した。




