愛の巡礼
「嵐が教えてくれた二人の絆を、今こそ確固たるものにするが良い。聖地カナンまで、夫婦水入らずで巡礼してくるのだ」
国王陛下の余計なお節介により、私たちは豪華だが狭い「聖なる馬車」に放り込まれた。
巡礼の掟は厳しい。護衛は離れて並走し、馬車の中には「夫婦二人きり」でなければならない。
(死ね、アルフォンス。このガタガタ揺れる馬車の中で、あなたの喉元にティーカップを突き立ててやりたいわ)
私は、向かい側に座るアルフォンスを冷ややかに見つめる。
彼は、窓の外に並走する護衛や沿道の市民たちに向けて、完璧な「慈愛に満ちた夫」の微笑を振りまいていた。
「……エルゼ、そんなに怖い顔で見ないでくれ。外の連中には、君が私との旅に緊張して、愛らしく頬を染めているように見えているんだから」
アルフォンスは、私の方へ座席を詰め、無理やり私の肩を抱き寄せた。(外の連中がこっちを見ている。いいから大人しく抱かれていろ。さもないと、このまま馬車の外へ突き落として『妻はあまりの幸福に身を投げた』と報告するぞ)
「まあ、アルフォンス様。あなたこそ、私の腰をそんなに強く引き寄せて……。指の跡が残ってしまいそうですわ」(今すぐその手を離さないと、ドレスに隠した護身用の短剣で、あなたの指を一本ずつおさらばさせてあげるわ)
馬車が大きく揺れた。
その拍子に、私たちの体はさらに密着する。
「おっと、危ない。……どうだい、エルゼ。この狭さ、まるで我々の未来の墓標のようだとは思わないか?」
「ええ、本当に。……でも、あなたと同じ墓に入るくらいなら、私は野ざらしの荒野でカラスに突つかれる方を選びますわ」
私たちは、密室の中で「甘い声の罵倒」をぶつけ合い続けた。
だが、馬車の外では、窓越しに漏れ聞こえる私たちの「声」を聞いて、護衛たちが感動に震えていた。
「聞いたか? 公爵閣下が『君を墓場まで離さない』と誓っていらしたぞ……!」
「奥様も『野に咲く花のように、あなたに寄り添いたい』と……。なんて尊い愛なんだ!」
巡礼の初日が終わる頃、私たちは精神的な疲労で泥のように疲れ果てていた。
しかし、聖地の宿に到着した私たちを待っていたのは、さらなる地獄だった。
「聖地の宿に、二つのベッドは不要です。お二人のために、特製の『愛の結びつき(幅が異様に狭い)』ベッドを用意いたしました!」
宿の主人が、ドヤ顔で案内した部屋。
そこには、二人で横になれば嫌でも肌が触れ合う、呪いのようなシングルサイズのベッドが鎮座していた。
「……アルフォンス。あなたが床で寝なさい。それとも、私が眠っている間に、あなたの寝首を掻く方がお好み?
「冗談じゃない。私が床で寝て、翌朝腰を痛めたら、君を『お姫様抱っこ』して聖地の階段を登る公務に支障が出るだろう? ……さあ、エルゼ。端っこに寄りなさい。君の冷たい背中なら、氷枕代わりにちょうど良さそうだ」
私たちは、一睡もできない夜を迎えた。
背中合わせになり、相手の心音や体温を感じるたびに、殺意と、そして「なぜこんな男と(女と)私はここにいるのか」という、形容しがたい絶望が脳内を駆け巡る。
「……エルゼ。寝たのか?」
「……あなたの断末魔を聞くまでは、一秒たりとも眠りませんわ」
聖地巡礼は、まだ始まったばかり。
私たちの「義務」という名の鎖は、この旅を通じて、物理的にも精神的にも、逃げられないほど複雑に絡み合っていくのだった。




