唯一の心
洞穴の奥、エルゼが灯した冷たい火がパチパチと爆ぜる。
モルガンはエルゼの「次に無視したら殺すわよ、このドブネズミ以下の暗殺者!」という猛烈な毒舌を、まるで心地よい子守唄のように聞き流しながら、公爵邸からくすねてきた炭を火にくべた。
「……計算が合わないわ。王都の連中を放置して、根源を叩くだけで本当に解決するの?」
ルナが膝を抱えたまま、不安げに問いかける。
「根を断てば、枝葉は枯れる。……彼らの持つ『涙の欠片』とやらは、あそこに座す炽天使の絶望に依存しているからな」
モルガンがゆったりと座り直し、火を見つめ。
「エルゼ、少し気は済んだか? 君の言う壊す?――フン、不可能だ。公爵夫人、君のその薄っぺらな冷気で神の使者を壊そうなど、笑わせないでほしい」
「なんですってぇ!? だったらその腐った首を先に跳ね飛ばして、その血でこの洞穴を飾り立ててあげようかしら! さっさと答えなさいよ、この無能!」
エルゼの扇子がモルガンの喉元をかすめる。
「……熾天使の『心』を取り戻す。……それ以外に、この凪を払う術はない」
「心を取り戻す!? 冗談じゃないわ、あんな不気味な力を垂れ流してる物体に、どうやって心なんて戻せっていうのよ。このクソみたいな場所のどこを探せばいいわけ?」
モルガンはふっと口角を上げると、静かに手を差し出した。
その指先は、困惑するテオに向けられ――。
「え、ぼ、僕……!?」
「……ハハ、まさか。君のような『普通』に、神の心など務まるものか」
モルガンは少しだけ指の向きを変えた。
そこには、テオの側で丸まっているエトワールだった。
「「「えっ……!?」」」
テオ、ルナ、そしてアルフォンスまでもが声を失った。シアンだけが、待っていましたと言わんばかりに、低く、重厚な旋律を奏で始める。
「そう。……エトワールこそが、熾天使に残された、この世界で唯一の『心の結晶』……それが具現化した姿なんだよ。しかし、私が幽閉された後で良かったな。さもなくば、カルトの連中が真っ先に狙っただろうな。ハハハ!」
モルガンはエトワールの瞳を見つめた。
「君達の庭に、この毛玉が現れたのは偶然ではない。……ましてや、お前たちが『聖夫婦』だからでもない。……エルゼ、アルフォンス。……お前たちの、あの地獄のような異常な殺意に……。……この子は、ただ惹きつけられたのだよ。……凍てつく心を溶かすための、唯一の炎としてな」




