光速の家族旅行
地上数百メートルの搭乗デッキ。吹き抜けの風が、テオの頬を激しく叩く。
王都を見下ろすこの場所で、一行は唯一無二の「乗り物」を前にしていた。
「……来たわね。……視察はこれで終了よ!」
エドワードたちを撒いて駆け上がってきたエルゼとアルフォンスが、合流と同時にシートへ飛び込む。
「モルガン! 早くしなさい、あの『涙の欠片』をセットするのよ!」
モルガンは落ち着き払った動作で、機械仕掛けのメダルをドロップの中央制御盤――かつてドワーフが「神への階梯」として設計し、公爵夫妻が「愛の衝撃」として改築した心臓部――へと嵌め込んだ。
「……いいか、テオドール。これから起きるのは移動ではない。空間の『断絶』だ。……舌を噛まないように気をつけておけよ」
「モルガン、そんな脅し……! エトワール、お願い!」
テオが抱き上げると、エトワールの体が神々しい黄金色の光に包まれる。
「アルカナ・ゲート――接続!」
ルナが診断機の画面を狂ったように叩き、絶叫した。
「出力120%超過! 加速重力が物理限界を超えていくわ! ……ああ、もう! 私の緻密な安全基準が木っ端微塵よ!」
シアンは激しく揺れる機体の中で、必死に竪琴の弦を抑えながら、空に向かって声を張り上げた。
「『鋼の獣が咆哮し、重力の鎖が弾け飛ぶ。虹の彼方は極北のレテ、死と生の狭間を滑り落ちろ!』」
「準備はいい、アルフォンス!? ――愛してるわ、地獄の底まで付き合いなさいッ!!」
「……ああ。……お前の叫び声で、……鼓膜が破れないことを祈るだけだ」
ゴォォォォン!!
巨大な鐘の音のような衝撃波と共に、レールが青白く発火した。
エトワールのアルカナ魔法と熾天使の欠片が共鳴し、急降下を開始したはずの機体は、地面へ落ちる直前、虚空に開いた「次元の裂け目」へと吸い込まれていく。
「うわあああああああああ!!」
テオの視界から王都が消え、光の奔流が世界を塗り潰した。
……静寂。
耳鳴りがするほどの静かさの中で、テオはゆっくりと目を開けた。
そこは、王都の熱気も、人々の喧騒も一切届かない、どこまでも続く真っ白な氷の平原だった。
空は重い鉛色。雪さえも音を立てずに降り積もる。
そして彼方の水平線に、モルガンが言った通りの不気味な影がそびえ立っていた。
「……着いたわね。……ここが、感情の墓場」
エルゼが、凍りついたドロップの座席から降り立ち、目の前の「無色透明の巨塔」を睨みつける。
「……ふむ。……内臓が3センチほど浮いた気がするが、……予定通りだ」
アルフォンスが乱れた前髪を直し、ナイフを構え直す。
極北の地、レテ。
テオたちの、本当の意味での「狂気を取り戻す戦い」が、今ここから始まる。




