歪な馬車
命からがら(といっても半分は自作自演の爆破だが)王都郊外を脱出した一行は、なんとか公爵邸の裏手に辿り着き、一台の馬車を確保した。
「さあ、旦那様、奥様! どちらへでもお供いたします! ――ああ、その殺気、やはり本物は違いますね!」
御者を買って出たのは、今回の騒動でも「凪」に染まりきらなかった、狂信的なまでに忠実な公爵家の使用人だ。彼は鼻息荒く馬を走らせ、馬車はガタガタと音を立てて『愛の急降下』へとひた走る。
狭い馬車の中は、一触即発の空気に包まれていた。
「……狭いわね。暗殺者と詩人と聖獣と、ムカつく夫。酸素が足りなくて死にそうだわ」
エルゼが扇子を激しく動かす。その隣で、モルガンは驚くほど優雅に、窓の外を流れる景色を眺めていた。
「……ふむ。やはり馬車の揺れというのはいい。生きている実感が湧く」
「呑気なものね……」と呆れるテオの横で、アルフォンスがふと、己の腰元に違和感を覚えた。
「……待て。……私のナイフが一本足りない」
アルフォンスが隣のモルガンを凝視する。すると、モルガンはいつの間にか手に入れていたナイフを、絹のハンカチで優雅に磨き上げていた。
「……なっ!? 貴様、いつの間に……!」
「……安心しろ。返してやる。……素手で聖地へ向かうのは、少々不用心だと思っただけだ」
アルフォンスが奪い取るようにナイフを回収する。その際、モルガンは一切の抵抗を見せず、ただ不敵な笑みを浮かべていた。
「……ルナ。……こいつを監視しろと言ったはずだ。……私の間合いに無断で入る男など、……この20年、お前以外にいなかった」
「……申し訳ありません、アルフォンス様。ですが、モルガン侯爵の筋電位の変化は極めて微弱でした。……このおじさん、凄すぎるというか……あ、いえ、アルフォンス様だって凄いです」
ルナが珍しく狼狽し、計算機をパチパチと叩く。シアンはその様子を見て、クスクスと笑いながら竪琴を鳴らした。
「『盗まれた牙、研ぎ澄まされ。狭き籠の中、交わらぬ視線。揺れる馬車は、地獄への揺り籠……』。……おやおや、みんな。仲良く喧嘩しなよ。もうすぐ到着だ」
やがて、馬車が大きく揺れて止まった。
目の前には、天を突くような『愛の急降下』の巨大な影がそびえ立っている。
だが、馬車の扉を開けた一行を待ち受けていたのは、歓迎の言葉ではなかった。
「……そこまでだ、エルゼ。アルフォンス」
重厚な声が響く。
そこには、数百人の近衛兵を従え、威厳に満ちた姿で立つエドワード王と、悲しげな瞳をしたソフィア王妃。そして、大剣を地面に突き立てたカイルが、壁のように立ちはだかっていた。
「……父上……母上……」
テオが息を呑む。
王都の「沈黙」を貫いていたはずの王室が、今、最強の戦力を引き連れて、自ら作ったアトラクションの前に陣取っていた。




