嵐の夜
ダンスコンテストの日の深夜は、嵐が街を襲っていた。
ダンスコンテストで「30年間の強制労働」という名の呪いを課せられた私たちは、もはや限界に達していた。
正面突破が無理なら、物理的な「退場」を前提とした最終計画へ移行するしかない。
私は執務室で羽ペンを走らせる。
認めているのは、私の死後、アルフォンスの全財産を合法的にむしり取り、彼を路頭に迷わせるための「偽造遺言書」だ。
「……いいわ。私が病死したと見せかけて国外へ高飛びしたあと、彼には莫大な負債と、私の『いかに彼が愚かだったか』を綴った暴露本だけを遺してあげる」
一方、隣の部屋ではアルフォンスも、不穏な笑みを浮かべて羊皮紙に向かっていた。
彼が記していたのは、エルゼが死んだ(殺した)後に、彼女を「悲劇の聖女」として祭り上げ、その「清らかな遺志」を継ぐ夫として生涯独身を貫き、国民の同情を買いながら権力を掌握するための「偽りの回顧録」
「……完璧だ、エルゼ。君の死後、君の名前は永遠に私の踏み台として輝き続けるだろう」
お互いに相手を社会的に抹殺するための「遺言」を完成させた、季節外れの猛烈な嵐は、例外なく屋敷をも襲った。
凄まじい突風が窓枠を叩き割り、私たちの執務室に吹き込む。
机の上に置かれた「殺意の証明(書類)」は、無情にも夜空へと舞い上がった。
「なぁぁぁ!!!!」
私の声は、簡単に嵐の音にかき消された。
嵐が去った翌朝、その紙片はあろうことか、王都の広場や教会の庭園に、まるで天からの啓示のように降り注いでいたのだ。
朝食のテーブルで、私たちは届けられた「号外」を手に、絶句する。
「見たか! エルゼ様の遺言書を! 『私のすべてを彼に捧げる(財産没収の文言)』『彼を一人にしないで(借金で拘束する文言)』……なんと健気な愛だ!」
「アルフォンス様の手記も凄まじいぞ! 嵐が運んできたのは、二人の魂の叫びだ! 『彼女を永遠に聖なる存在として守り抜く(神格化して利用する文言)』……これぞ真実の愛の誓約だ!」
私の「財産没収計画」は、『身の回りのものすべてを夫と共有したいという、究極の献身』に。
彼の「聖女祭り上げ計画」は、『死の淵に立っても妻の誇りを守ろうとする、騎士道精神の極み』に、見事に脳内変換されていた。
国民は「嵐ですら、隠されていた二人の情熱を隠しきれなかったのだ」と涙を流している。
「……アルフォンス様。あなた、私が死んだあと、私を教会のステンドグラスにするつもりだったのですか?」
震える指で、彼の書いた「回顧録(捏造)」を指差す。
アルフォンスも、引きつった頬をぴくつかせながら、私の「遺言書(偽造)」を凝視していた。
「……君こそ、私の貯蓄から隠し資産まで、すべて『愛の証』として管理するつもりだったとは。……驚いたよ、エルゼ。君の愛(執念)は、金銭の価値すら超越しているらしい」
視線が、火花を散らす。
周囲の侍女たちは、私たちの「死後まで見据えた愛の深さ」に感動し、もはや号泣して仕事にならない。
「……死ね。アルフォンス。……死んでも、私の書いたこの『借金まみれの台本』からは逃がさないわよ」
「……光栄だね、エルゼ。……君を聖女の檻に閉じ込めるためなら、私は地獄の門番にだってなってみせるさ」
結局、この二つの書類は『嵐が運んだ聖典:永遠の愛のバイブル』として一冊の本にまとめられ、ベストセラーを記録した。
私たちは、死ぬことすら許されない「愛の象徴」として、さらに強固に結びつけられてしまったのだ。




