モルガンの真実
離宮の空気が、モルガンの告白と共に物理的な重さを伴って沈み込んだ。
机に叩きつけられた「無色透明のメダル」は、窓から差し込む光を一切反射せず、ただそこにある光を吸い込んでいた。
「驚くがいい、エルゼ、アルフォンス。……お前たちが今、正論という名の毒で苦しめられているあのカルト……『白き忘却の聖域』。……そのかつての教祖、この一帯の支部を束ね、愛という病の殲滅を説いていたのは……この私だ」
エルゼの扇子が、乾いた音を立てて床に落ちた。
アルフォンスの指先が、無意識に懐のナイフに触れる。だが、モルガンは動じない。
「……信じられない。貴方、かつて私の命を狙った時、あれほどまでに……」
「そうだ、エルゼ。私はかつて戦争の傷に侵され、救いを求めた愛に心を砕かれてからといもの、救いだけを求め、数多の国を彷徨った。その果てに辿りついたのが極北の静寂国『レテ』だった。私はその地より遣わされた使徒だったのだよ。あそこには、感情という名の汚物を持たぬ者たちが住まう。……私はそこで、いかにして愛を解体し、情熱を虚無へと変えるかを学んだ。私は『激情の煽動者』として、愛に疲れ、傷ついた者たちの心に火をつけ、その火が燃え尽きた後に残る『灰の平穏』を捧げさせていたのだ。皮肉なものだ。エドワードは人が良すぎた。この国を一度離れた私を、ソフィアと共に迎えてくれたよ。かつての戦友としてね」
モルガンは、自嘲するように、血の色の残る唇を歪めた。
「……だが、、私は、結局敗北してしまった。……お前たちという、理屈の通じない狂気にな」
モルガンはアルフォンスを、そしてエルゼを、射抜くような瞳で見つめる。
「お前たちが公衆の面前で、殺し合いという名の求愛を繰り広げたあの日。私の『解体論』は粉々に砕けた。……どれほど言葉で『愛は無駄だ』と貴族達に説いても、お前たちの放つ、あの不快で、醜く、けれど眩しすぎる殺意の熱量だけは、誰も否定することができなかった。……私はあの日、教祖であることを捨てざる得なかったのかもしれない。……いや、人間に戻ってしまったのだよ。恐らくこれは神の定めた運命だ」
テオは、モルガンの言葉のひとつひとつが、重い鉛のように自分の心に溜まっていくのを感じた。
「テオ、ルナ。聖獣エトワール。フンッ、シアン。……今、街を侵食しているあの者たちは、私の元・部下、あるいはその後継者だ。彼らは知っている。この王国が『愛殺教』という極彩色の狂気に染まりきった今こそ、人々が最も『凪』を欲しがる瞬間だということを。……光が強ければ強いほど、影もまた深くなる」
モルガンはメダルを再び手に取り、強く握りしめた。
「聖地レテの深淵には、『無色透明の巨塔』がある。そこにあるのは、人々の精神を凪へと導く魔導の源。……王宮が動かぬのは、彼らが『平和』という毒に魅せられているからではない。……すでに、静かなる侵食(洗脳)が王の寝所にまで届いている証拠だ」
モルガンの言葉に、エルゼの周囲で、再び刺すような氷の粒が舞い始める。
それは怒りでも、単なる殺意でもなかった。
「……面白いじゃない。……私の愛(殺意)を壊すための装置が、そんな遠くにあるというのね」
「……ふん。……目的地が判明したならば、……計算を始めるまでだ」
アルフォンスの瞳に、冷徹な理性が戻る。だがそれは、凪の男たちの無機質さとは違う、獲物を仕留めるための、飢えた獣の計算だった。
「モルガン。……お前は、その女……侍女を元に戻すために、私たちを案内しろ。……聖地レテへ。……その『無色透明の巨塔』とやらを、私の氷で真っ赤に染め上げてやるわ」
モルガンは立ち上がり、かつての敵、そして今の唯一の希望である夫婦に向けて、不敵な笑みを浮かべた。
「……よかろう。……地獄の案内人なら、元・教祖の私が適任だ。……だが覚悟しておけ。……これからお前が見るのは、愛という言葉が死に絶えた、本当の絶望だ」




