色褪せた狼
モルガンの熱い説教が一段落したその時、部屋の扉が静かに開いた。
入ってきたのは、盆に茶器を載せた一人の若い侍女だった。
「……失礼いたします。お茶をお持ちしました」
彼女の声には抑揚がなく、足取りはまるで精密に組まれた機械のように淀みがない。
モルガンの視線が、一瞬だけ、本当に一瞬だけ、彼女の指先に吸い寄せられ、そしてすぐに苦々しく逸らされた。
侍女が機械的に茶を淹れ、音もなく退出していく。
その背中が見えなくなるまで、部屋には不自然な静寂が流れた。
「……ほう。……モルガン侯爵。……右手の指先が、0.5ミリほど震えたな」
アルフォンスが、影の中から冷徹な声を投げかけた。
「……彼女が部屋に入った瞬間、お前の心拍数は15%上昇し、瞳孔がわずかに開いた。……幽閉生活で理性を研ぎ澄ませたかと思えば、随分と人間臭い『弱点』を飼い慣らしているようではないか」
「同感ね。この人、重要な事を隠してるわ」
ルナがアルフォンスの後に続いて答えた。
モルガンはぴくりと眉を動かしたが、何も答えない。そこにシアンが、竪琴の弦をポロンと、どこか物悲しく鳴らした。
「……おや、見えてしまったよ。……分厚い氷の壁の奥で、大切に守られていた小さな熱。……けれど、今の彼女はもう、君を映す鏡ではない。……ただの白い霧を、その身に宿した抜け殻だ」
「……黙れ、吟遊詩人」
モルガンが低く唸る。その横から、エルゼが扇子で机を激しく叩いた。
「いい加減になさい、モルガン! 麗々しく『世界の熱量』なんて語っておいて、結局は自分の女が人形にされたのが我慢ならないだけじゃないの! 私たちを利用して、あの子を元に戻させようなんて……なんて傲慢で、独りよがりで、救いようのない男かしら!」
エルゼは鼻で笑い、けれどその瞳には獰猛な光が宿った。
「……でも、いいわ。その醜いまでの『私欲』こそ、凪の連中には一生理解できない、最高に不治の病だもの。気に入ったわよ、その汚らしい動機!」
モルガンは驚くこともなく、むしろ心地よさそうに、不敵な笑みを浮かべた。
「……フフ。……ハハハ! さすがだ、エルゼ。……そしてアルフォンス。……やはりお前たちこそが、私の忌むべき、そして愛すべき宿敵だよ。……そう、私はあの子を取り戻したい。……あの、私を暗殺者ではなく一人の男として見て、怯えてくれた……あの血の通った瞳をな」
モルガンは、テオたちに向き直った。
「……さて。……個人的な動機が判明したところで、次の話をしようか。……あいつらがどこから来て、何を狙っているのか。……そして、私がこの部屋で見つけた『白い平穏の裏側』をな」
モルガンの瞳には、もはや隠しきれない、獲物を狙う騎士の執念が宿っていた。




