第8話
魔物の気配はなく、例の廃墟まで二時間程で到着した。
「ウォルト様に通信しますわ。今のところ敵なし」
このまま何事もなく探索出来たら良いのだが、そんなことはありえない。事実、この近くに俺達以外の足跡が残されているのに、人の気配は全くない。
厄介なのは深い霧の存在だった。これは敵から自分達の姿を隠すことが出来るものの、逆も然り。
「偵察は〜私にお任せくださぁい〜」
「だ、大丈夫、なのか?」
「はぁい。行ってきますぅ〜」
るんるんと嬉しそうに霧の中を歩くターニャには怖いものが無いらしい。
俺はこの姉妹といつ会ったのか記憶がないので気持ちは複雑だ。当の本人達に尋ねても、いつか思い出せるはずと言葉を濁して何も教えてくれない。
「なあ、セーニャ。俺は勇者様じゃなくて……」
「いいえ、ディオギス様が勇者様で間違いありませんわ。イリア様が神剣を遣わしたのですから」
「イリアのこと、知っているのか!?」
俺の記憶の欠片にいる銀髪の少女。まだ5歳の俺に剣を与えてくれて、天使のような微笑みを浮かべて消えた彼女は何者なのか。
「い、痛いですわ……」
「あ──わ、悪ぃ」
つい興奮してセーニャの肩を揺さぶっていた。
「ああ、ディオギス様が、わたくしをそこまで求めて下さるなんて……!」
いや違う。それは違う。俺が聞きたいのはイリアのことで──。
まずい、暴走するとセーニャは違う方向に一人で突っ走ってしまう。一旦イリアの話は置いといて、今は一人で偵察に行ったターニャの身を案じるべきじゃないのか!?
ドオオオン──。
巨大な爆音と白い煙、そして廃墟の近くの木々がざわつき、大量の黒い鳥が飛び立った。
「何だ今の音は……ターニャが心配だ。行くぞセーニャ」
「はいっ!」
視界が最悪に悪い中、俺達はまだ響く轟音を頼りに歩いた。
ターニャが使う魔法は補助魔法が多く、自分と双子の姉をリンクする。お互に魔力を放つことで、互いの場所を示すことが出来るらしい。しかも、それは双子ならではの能力であり、敵には一切見つからないというチートスキルだ。
「ターニャはここから北に608メートル進んだところにおりますわ」
「しかし、便利な能力だなあそれ。俺もそういう魔法が欲しいよ」
「何を仰いますか。ディオギス様には、勇者様としての最強能力があるじゃないですか」
こんな無力な男を勇者様と呼んでくれるセーニャの優しさに涙が出そうだ。
少しずつ近づく爆音と、巨大な敵の気配にセーニャは面を引き締めた。
「これは、残念ながら不死者ではないようですわ。巨大な気配が三つ──」
「三つ!?」
「魔物と、残り二つは……人間ですわ」
人間がどうして魔物と一緒にいるのか。その疑問に到達する前に傷ついたターニャが俺達の前に転移してきた。




