第41話 2人で1人
二階の離れにある塔までほぼ一本道だった。ちらりと窓から外を覗くと、グラン達が魔物を引きつけてくれているのが見える。
しかし数があまりにも多い。
暗殺者の二人はいざとなれば逃げられるが、リオはごく普通の少年。
早くセーニャを連れて逃げなければ……と思い逸る気持ちを何とか抑えて突き進む。
「ここですわ」
エリオーネに突き当たりのドアがそうだと言われて俺はドアノブに手をかけた。
中を確認すると、セーニャがぼんやりとベッドの端に座っていた。
「セーニャ!」
俺が一歩、部屋の中に足を踏み入れた瞬間、エリオーネとターニャが突然苦しがり始めた。
「お、おい。二人とも……!」
『エリオーネ、お前はこの塔がどういう仕組みか忘れたのかい?』
声の主はアルヴァンだ。本人の姿はなく、声だけが部屋の中で響いた。
「ディオギス、様……この塔は、魔力を吸い上げて……」
「く、苦しい……いや……お、兄様」
ターニャとエリオーネの姿が消えていく。
このままでは消滅してしまう。どこかに彼女達の魔力を吸い上げる装置があるはずだ。
「くそっ……おいセーニャ!」
ぼんやりしているセーニャの肩を掴むが、彼女は俺の顔をみて小首を傾げた。
「どなたでしょうか」
「なんだよ、記憶が消されているのか? 俺と一緒だな、全く……」
いつものように勇者様と言ってこないセーニャは新鮮だった。そもそも、俺もまだセーニャとの出会いを思い出せていないからお互い様だ。
「まあ、いいや。帰ろうセーニャ。お前に記憶がなくても、俺にはお前が必要なんだ」
「──!!」
え、なんか変なこと言ったか俺?
突然セーニャは紅潮した顔を覆って泣き始めた。
やばい、こんなしおらしいセーニャ見たことないから困る。
感情に浸る時間はない。入口ではエリオーネとターニャが魔力を吸われているのだ。
「え、と……と、とりあえずここから出よう。な?」
「はい……嬉しい。わたくしを、必要としてくださる方がいるなんて」
俺はセーニャの手を握りしめたまま入口まで戻った。
しかし状況は最悪だ。二人とも顔色も悪く、今にも消えそうなくらい身体のラインが透けていた。
擬似魔力が無くなった人間の末路は、多分死だ。産まれた時に無理矢理注入されたそれは、最初から身体の一部として同化される。
「ターニャ、エリオーネ! 動けるか?」
「ターニャ?」
記憶のないセーニャでも自分と同じ顔の人間が目の前に居たら、それが血縁者であると気がついたのだろう。
そうだ、セーニャの魔力を回復できれば、きっとこの状況を打破できる。
「ティルファング……」
俺の意思の力でどうにかならないか?
必死に頭の中でイメージを高める。
俺はこの塔を破壊する力を持っている。
力が欲しい。力が欲しい。みんなを守る力が!!
もう少しで何か力が出てきそうなところで、ターニャが姉に手を差し出した。
「お、姉様……手を」
「あなたは、わたくしの……」
震えるその白い手をセーニャは迷うことなく、しっかりと握り返した。
瞬間、温かな光と失われていた魔力が血潮のように全身を駆け巡る。
セーニャの魔力は回復したが、今手を握っていたはずの妹はこの世界から完全に消えてしまった。
状況整理出来ないディオギスの横で、セーニャがぽつりと呟いた。
「思い出したわ……わたくし達──いえ、わたくしは、元々二人で一人だったのね」




