第35話 魔力ゼロ
セーニャはまだ生きていた。もはや魔力は鎖に吸われて指一本も動かない。あれから何日が経過したのだろうか。記憶が曖昧になる。
「セーニャ、生きているかい?」
「誰?」
顔を上げる気力もなく、セーニャは小声を腹から振り絞った。近づいてきた男は魔獣のような身体をしていたが、不思議と人間の気配が強い。
「ああ、もう十分だね。これできみを解放しても逃げられないだろう」
パチリ、と鎖が外される。ようやく四肢の自由を得たのに、セーニャは何も感情が動かなかった。
「わたくしは、誰ですの……?」
「きみはセーニャ。私の婚約者だよ」
「婚約者……」
セーニャは生まれたての子どものように今から彼女の主人となったアルヴァンを見上げた。
「ああ、きみは本当に美しい。もうきみは今日から永遠に私のものだよ、セーニャ」
「はい」
魔力を失って完全に痩せ細ったセーニャを抱き上げる。
「ああ、ご飯を食べなかったのだね。まずはその穢れた身体を清めてから共に食事にしよう。大丈夫だよ、もうすぐ極上の餌がここに到着するからね」
「はい」
もはやセーニャに自分の意志は残されていなかった。自分の名前すら思い出せない、何故ここにいるのか分からない。ただ、目の前にいる男が婚約者だと言うのだから、きっとそうなのだろう。
でも何かが違う。頭の片隅に別の人物が揺らめいている。
あれは、一体誰なのだろうか。そしてもう一人、自分と同じ顔。
「うっ……頭が……」
「セーニャ、お前は何も考えなくていい。余計なことを考えると頭が痛くなってしまうよ。お前は、私のことだけを見つめていればいい」
「はい」
ディオギスの囁きと共に、再びセーニャの思考回路は停止した。
◇
「それで、セーニャは無事なのか?」
「いえ、彼女も私も魔力を吸い上げる鎖に繋がれていました。私も限界でしたが、彼女は四肢と首にもつけられて身動きは取れない状態……私は伝令の為に逃してもらえたけど、早く行かなければ」
「あの城には魔物が多いのか?」
「これを見てください」
アンナが胸から取り出したのは城の地図だ。ただ捕まっていたわけではなく、彼女はだいぶ前からこの近辺を偵察していたらしい。
「この城の構造は非常にシンプルです。一階は基本魔物が徘徊しているエリアで、2階の離れに魔力を奪う塔があります。多分、ここにセーニャさんがいるでしょう」
離れと言っても行くルートが難しい。流石に魔力で練られた城の外壁を外から伝うことは出来ない。
「待って、この城はわたしがアルヴァンと作ったもの。離れにいる人間が逃げられないように一本道を通るしか方法はないわよ」
エリオーネが突然口を挟んできた。確かに今この城はアルヴァンが使っているもので、一緒にこの惑星探索に来た彼女が構造を知っていてもおかしくない。そしてアンナが作った見取り図を見て首を振っていた。
「ここまで念密に内部を調べてきたのね……」
「ああ、それが私達暗殺者の仕事だからな。アルヴァンは魔獣と同化してランク10の魔物と認定している。始末しなければならない」
「でも、アルヴァンはエリオーネにとって……」
「え? 思い入れなんてありませんわ。だって、あいつら研究所の人間がわたしとターニャを苦しめたのですから!」
ね、と同意を求めるも、ターニャは姉の波動が完全に消えたことに顔色を無くしていた。
「お姉様が、死んだ……?」
「いや、まだ分からないだろう。まずは真相を確かめないと。な?」
涙を浮かべて泣き崩れたターニャの背をエリオーネがさする。
もう少しで城に辿り着きそうなのだが、少しずつ日が落ちかけていた。
知らない場所での夜襲は危険なので、アンナの提案により俺達は近くの開けた森で野営をすることになった。




