第32話 毒霧
すっかり回復したエリオーネは久しぶりにターニャと再会したことを喜ぶでもなく、俺に抱きついたまま離れなかった。
確か、セーニャを含めて三人一緒に過ごした場所があったと聞いていたが、記憶が欠けているのか二人とも初対面のように挨拶をしている。
聖職者と魔法使いがターニャの中で混同しているから、記憶が変なのはそのあたりの影響かも知れない。
「うわあ、暗殺者だ。格好いいな、憧れる」
リオは憧れの暗殺者を目の当たりにして瞳をキラキラ輝かせていた。
黙って立っているだけならば、グランは英雄のように格好いい。
しかし一度口を開くとウォルトに対する愛しか出てこないので、そこからは一気に残念な男に格下げされる。
「……俺はウォルトの命令しか聞かん」
「はぅ。そういうクールな所も好き」
いかん、リオはまだ12歳。グランに惚れると後が面倒くさい。
なるべくリオの目の前に立ちグランとの接触を避けるように動くしかないだろう。
まずはコンパスを頼りに北を目指す。
今回は廃墟側に行かないので森を突っ切る形になるが、このメンバーで魔物と遭遇しても何も困らない。
団体行動を嫌うグランは北の城を知っているので尖兵のように俺たちの前を歩いた。
「──待て」
突然空気を震わせる何かの音に一同足を止めた。
北はまだどのハンターも探索していないので、どのような魔物がいるのか全く未知の領域となっている。
「これは、毒霧……暗殺者がいる」
グランの指示で皆口と鼻を押さえたが、いつまでも無呼吸では居られない。魔物が放った毒霧であれば根源を断てば良いのだが、普通の霧も混ざっており敵の気配が分からない。
キシュルルル、と不気味な鳴き声と共にヌルヌルしたオタマジャクシが地面を這う。サイズは人間の十倍くらいで尻尾部分が緑色の煙を出していたので、こいつが毒霧の正体らしい。
『斬る』
口元を特殊な布で覆ったグランは高くジャンプすると二本の小太刀でオタマジャクシの尻尾部分を切り落とした。
痛みに悶える魔物は猛毒を飛ばし、地面を腐らせた。元々特殊な訓練を受けているグランは猛毒も弾き返し、さらに魔物の口元部分を横一閃薙ぎ払った。
霧の根源は消えたものの、尻尾を切り落とされたオタマジャクシの魔物は身体を震わせると巨大ガマに進化した。
思わず俺は口を開けそうになる。
で、デカすぎるだろ……!
体長五メートル以上のカエルは身体の倍はある長い舌で地面をべろりと舐めた。
その舌は強烈な酸がついているのか、一気に地面が焦げて白い煙をたち登らせる。
「ああ、もう毒霧は消えたから喋って大丈夫だぞ」
「それを早く言って欲しかった! く、苦しい」
五分近く息を止めていたディオギス達は魔物と対峙する前から体力を奪われていた。




