第30話 ギリギリの賭け
ターニャの解毒魔法はウォルトの部屋全体に広がり、気絶していたウォルトの右腕がびくりと動いた。
「うぐ……」
しかし口を開いたウォルトは突然吐血した。身動きが取れないのか、そのまま壁に背中を預けている。
「ああ、ウォルト。喋らない方がいい。お前に噛ませたのは黒獅子も一瞬で仕留める猛毒だからな……」
「そ、そんな危険なものを飲ませるなんて、お前はウォルトの敵なのか!?」
ティルファングを構え直し、俺は変態暗殺者に向かい合った。
しかしあちらは余裕そうに血を吐いたウォルトの頬を撫で、猛毒でビクつく右腕を撫でている。
「ああ、いいぜ……ウォルトのその苦悶の表情──皮膚を一枚ずつ剥いで俺のコレクションにしてやろうか」
「……気をつけてくださいましディオギス様。あの男は、廃墟でわたくしを襲った男ですわ」
ターニャに杖を向けられた男は女は嫌いなのか一気に表情を厳しくした。悍ましい殺気がびしびしと伝わってくる。
「雌豚……てめえ、ウォルトの女か?」
「いいえ。わたくしも姉も、ディオギス様一筋ですわ」
「ふん、女の言葉なんて信用できねえな。まあいい……まずは邪魔な女と、ウォルトが連れ回してるてめえを殺してから先のことは考えるとしよう」
男は懐から小さなサバイバルナイフを二本取り出した。見た目はただのナイフだが、彼が魔力を練った瞬間、それは鋭い小太刀へと変化した。
暗殺を生業とする彼に、俺とターニャがかかったところで勝機はない。
ウォルトですら俺に手を出すなと首を僅かに動かした。あれ以上動いたら猛毒が回って死んでしまいそうだ。
かくなる上は──。
「あんた、ウォルトのことが好きなら俺達の惑星探索に協力してくれないか?」
「はあ?」
小太刀に猛毒を付加したところで男は素っ頓狂な声を上げた。
「ウォルトが他の狩人に頼らなければいけない程、今は人手がほしい。俺達に協力してくれたらウォルトを好きにしてもいい」
「……それは、本当か?」
「ウォルトは創世神イリアの加護を受けてここにいる。だから惑星探索が終わらない限りここから動けない。それなら俺達とあんたが協力して、さっさと探索を終えたらいいんじゃないか?」
男がごくりと生唾を飲む音が聞こえた。もうひと押し。
「コロニーの人間をここに移住できれば、ウォルトの仕事は終わる。それからあんたと二人で住む場所を探したら──」
「てめぇ、最高じゃねえか! いいぞ、俺はウォルトの為だけ協力する。ウォルトが自由になったら、俺は誰に文句を言われてもウォルトを貰うからな」
「ど、どうぞ……ご自由に」
もはや本人の意思を確認している余裕は無かった。
ウォルトごめん。俺はこういう変態に会ったことがないから分からない。多分どうに躱してくれるはず。
「だとよ、ウォルト! 俺達のこと祝福してくれてるぞこいつら!」
ウンザリしたように天井を仰ぐウォルトにお構いなく男は吐いた血のついた鎧に顔を擦り寄せて喜びを噛み締めていた。
「さて、と。てめぇらに協力する前にウォルトの毒抜かなきゃな」
「あの、わたくしが……」
「いらねぇよ雌豚」
近寄ろうとしたターニャに猛毒のついた小太刀を向けると手を出すなと睨みつけた。
「ガキんちょは帰りな。ちゃんとウォルトの毒を抜いて下に戻してやるから」
──この暗殺者を敵に回すと恐ろしい。
どうやって猛毒を抜くのかこの際訊かない方が身のためだ。
本能でそう察したディオギスであった。




