第14話
回復魔法を持たないセーニャに手足の溶けた少年と双子の妹を救う術は無かった。暗殺者から受けた傷自体は深く無さそうだが、他にも何か術をかけられているのかターニャは一向に目覚めない。
「……ディオギス様、一度撤退しましょう」
「ああ。でも、二人も抱えてどうやって?」
苦渋の決断ではあるが、人間を魔物から救出したことと、甲殻の魔物の死骸を得たので探索としての成果は十分だ。
俺が甲殻の魔物の殻を集めている間に、セーニャは地面に杖で何か古代文字を描いた。
「ディオギス様、そこに二人を寝かせていただけますか?」
「わかった」
俺は二人を抱えたままセーニャが指示した古代文字の部分に立った。
「門よ、開け!」
セーニャの杖が青白く光り、それと同時に俺達が立っている周囲に不思議な呪文が描かれた円陣と扉が出現した。
「さあ、早く中に」
怪我人二人を中に入れた所で、彼女が扱う強力な魔力を察したのか、黒い小粒の魔物が飛んできた。小さい魔物は剣戟だけで倒せるのだが、遠くの方で聞こえた獣の咆哮が少しずつ近づいているのがわかる。
「ちっ……怪我人だけウォルトのところに送りつけて……」
「ディオギス様、これを持ってお二人を連れて先に門に入ってくださいますか?」
戦闘モードに入ろうとしていた俺のティルファングはやんわりと止められた。そしてセーニャから渡されたのは、彼女が魔物の情報を記録しているチップと呼ばれる耳飾りだ。
「ん、ああ……セーニャは?」
「わたくしは御三方が飛んだのを確認して自分で空間転移魔法しますのでご安心を」
「分かった。頼む」
「|アストラ・ルーメン・トランジトゥス《星の光よ、時を越えて我を導け》──時空の扉よ、かの地へ誘え」
音もなく自動的に開いた門の扉は強烈な渦を巻き、俺と怪我人二人を強制的に吸い込んだ。
「セーニャ!」
一緒に戻るよう彼女に手を伸ばしたが、セーニャはうっすらと口元に笑みを浮かべたまま首を左右に振った。
「あとはウォルト様に……よろしくお願いしますわ」
「セーニャ!!」
門が閉じられる寸前、俺の視界に入ったのは、セーニャを襲う漆黒の影。
多分、あれは蜘蛛の魔物が呼んだ増援だろう。彼女は何故たった一人で残ることを決めたのか。
「ああ、そういうことか……」
門が解放されたままであれば、創世神の加護を受けたあのキャンプ地に魔物が一気に雪崩れ込んでしまう。
あそこはウォルトが結界を張っているので、今は魔物達から拠点となっている場所が分からないようになっている。
それが、俺達のせいで他のハンターやウォルト、あそこにいる職人や怪我人を危険に晒すわけにはいかない。
なんで俺はそんな簡単なことも考えられなかったのだろう。セーニャがテレポートできると言ったから、安易に後から合流出来ると踏んでいた。
俺は、一番大切な仲間を見捨てたんだ……。




