8 再会
馬車で移動し、4日かけて故郷であるサンベリル村に到着した。商人には護衛の依頼をお願いしたいとしつこく声をかけられたが、面倒なので断っておいた。なにをするか決めてはいないが、今のところ護衛などをする予定はない。
「懐かしい場所に帰ってきたな」
久しく見る故郷は、あまり変わっていなかった。王都や都市ほどの大きさはないが、鋼鉄が取れる山が少しの距離に聳え、大きな湖に隣接している。広大な平地には多く家畜が歩き回っており、その奥には田畑。
傭兵ギルドがあるのは山の麓にいる魔物や害獣から取れる素材が高く売れたり、山脈で取れる鋼鉄で武器が作れるから。そのお陰で鍛冶屋や雑貨屋、宿屋や飯が立ち並んでいる。
立地は田舎だが、村の中心は都市に引けを取らないほど賑わっている。
「家はどうなってるかな」
騒がしい町中を歩き進む。昔となんら変わっていない店構えの鍛冶屋に、見覚えのない酒場。露店が立ち並ぶストリートには、見覚えのある顔もちらほらあった。
懐かしい人たちに、思わず表情も緩む。
装飾を売ってるおばさんは、すっかりおばあちゃんの風貌だ。記憶の中の彼女は威勢のいい声で客を呼び込んでいたが、今は小さく腰の曲げて椅子に座っている。
頑固爺で有名だった傭兵は、昼間から顔を真っ赤にして酔っぱらっていた。かつては背筋を真っすぐ伸ばし、鋭い目つきでオレを震え上がらせた人だった。それが今では皮の酒袋を握りしめたまま、うつろな目で空を見上げている。
傭兵ギルドの扉が音とともに内側から吹き飛ぶと、ひとりの男が宙を舞い、通りに面した地面へ派手に叩きつけられる。呻きながら起き上がったその男は砂埃を払いながらギルドを睨みつけた。扉の向こうから、のっそりと現れた大男と――問答無用で殴り合いを始める。
そんな光景を流し見しながら、村の外れにある、湖沿いに建てられた我が家に付いた。ボロボロになっているかと思ったが、以外にも形を保っている。石で作られた、簡素ではあるが清潔感が保たれた一軒家。
「誰かいるな」
湖側に作られた出入り口の前に、2人の少女が椅子に座り、机に料理を並べて仲睦まじく食事をしている。8年も放置すれば勝手に誰か住み始めてもしょうがない。そんなことを思いながら近付くと、一人の少女がこちらに気づいた。
「お、お兄ちゃん!お兄ちゃんだ!」
声の主は、小柄ではあるが引き締まった身体つきをした少女。焼けた肌は太陽の下で鍛えられた証。鮮やかな赤色のショートカットが風にそよぎ、その大きな瞳には喜びの色が浮かんでいた。口元に笑みを浮かべ、手に持っていた料理を置いてこちらに飛びついてくる。
腰元に飛びついてきた少女に、懐かしさを感じ。
「お前ソニアか!」
「うん!そうだよ!」
「久しぶりだな!元気してたか!」
八年前とは見違える少女――ソニアの脇に手を入れて持ち上げる。
「ちょっとお兄ちゃん止めてよ!もう子供じゃないんだから!」
「ああ、悪い悪い」
あまりの懐かしさについ持ち上げてしまったが、確かにそんな歳ではないかも知れない。といってもオレからみればまだまだ子供。確か十三ぐらいか?そこらへんだった気がする。ちなみに妹というわけではない。
「大きくなったな。偉いぞー」
「えっへへーん!そうでしょ!」
胸を張って偉そうにするソニア。
その反応は子供そのものだが、可愛らしいのでよしとしよう。
「お久しぶりですね。ルーカスさん」
「久しぶりだな。フィオナも、大きくなった」
ソニアとは違い、どこか儚げな印象を与える華奢な身体つき。肩から腰にかけて流れるように伸びた銀色の髪は、湖に反射した淡い光を受けてきらきらと輝いている。肌は透けるほどに白く、こちらを見る蒼色の瞳が懐かしむように細められた。
ソニアとフィオナは、親同士の付き合いもあって子供のころはよく面倒を見ていた妹のような存在だ。オレが傭兵ギルドの人達に子供扱いされたり、剣の稽古でうまくいかなかったり。そんなもやもやした時は、幼い二人と遊んで心を癒していた。
懐かしい。