7.5 アンジェロの思惑
アンジェロはルーカスを追放後、自宅で部下からの報告を待っていた。廊下から聞こえてくる慌ただしい足音に、襟を正す。ノックをしたあと入室してきた側近から報告を受ける。
「アンジェロ様。ルーカスはサンベリル村いきの馬車に乗ったようです」
「そうかそうか。確かサンベリルには大して騎士は駐屯していなかったのね?」
「その通りでございます。傭兵が多くいる田舎村でございますゆえ」
であれば都合がいい。余計なことを騎士に伝えて、変な噂が広まった日はたまったものではない。
「それにしてもアンジェロ様。ルーカスを追放して本当によろしかったのですか?彼は担当していた部隊と仲良くしていたように見えましたが」
「いらん心配なのね。ルーカスがいなくなっても隊長達は変わらず騎士団に残ると確認済みなのね」
ルーカスを騎士団から追放する。そう決めたアンジェロが先ずやったことは担当していた隊長達への聞き込みだった。ルーカスがなんらかの不祥事で騎士団にいられなくなったらどうするか。という問いかけを何度もした。
「さようでございますか。さすがはアンジェロ様」
「ほっほっほ。にしても、隊長達も意外と冷たい奴等なのね。ルーカスとの仲も長いはずなのに、まるで気にしていない様子だったのね」
何年か前、ルーカスが騎士として入団した時から、隊長達とは仲良くやっていた。七番隊に所属していたにも関わらず、前騎士団長の命令で八、九、十番隊の任務にも同行させられていた彼。その姿は滅多に騎士に興味を示さないアンジェロでさえ認知していた。
騎士を辞め、教官になってからも、外から見れば仲良くしていると感じられたが。
『別にルーカスが辞めたところでなにも変わらない』
隊長達は一様に、興味なさそうにそう言っていた。
「哀れな男なのだよ。ルーカスという騎士。いや、教官。いや、無能な若造は」
言いながら皮肉な笑みを浮かべるアンジェロ。
「ですが、我々にとっては好都合でしたね」
「そうなのね。隊長達がルーカスと共に辞めると言っていたら、かなり遠回りをすることになっていたのね」
王都騎士団の中枢は六、七、八、九、十番隊に固まっている。それは王都の民はもちろん、隣国の者たちすら知る常識。彼らはただの精鋭ではない。魔物の討伐から対外交渉の裏工作に至るまでを担っている。彼等がいたからこそここ数年、ノルダリオン王国は平和だったと言える。
その戦力を失うわけにはいかない。
「カルロ。これからその部隊を見るのはお前なのだよ。しっかり任せたのだよ」
「はっ!私めにお任せてください!」
「といっても、なにもすことはないと思うのね!ルーカスのように、ただボケーっとしていればいいのね!」
六、七、八、九、十番隊がここまで強くなったのはルーカスの力ではない。前任の教官があまりにも優秀だったが故に起こってしまった事故のようなもの。ルーカスはただそれを引き継いだだけで、優秀でもないんでもない。そんな若造が評価されるなど、あってはならないことなのだ。
もしそんな奴が評価されるなら。
「騎士が成果を上げ続ければ教官の評価へ繋がるものなのね。カルロ、お前がわたしの跡を継ぐのね」
「はっ!ありがたき幸せでございます!」
その地位は身内に明け渡してもらう。
どこぞの犬に、教官長の座を渡す道理はない。