7 襲撃2
馬車の中で拝借した剣を構える。
盗賊は慌てて飛びかかってくることもなく、1人は後ろで杖を構え、2人は武器を手にしたまま肩の力を抜いたような構えでじりじりと距離を詰めてくる。この動きだけで襲撃が常習なのだと察することができた。
「物騒だな。問答無用か?」
問いかけに、男たちは反応は返らない。既に傭兵を2人殺している。手加減する必要はない。
オレは自分が持つ固有スキルを使用する。
名は魔眼。
魔眼とは眼に魔力を与えると様々なモノが可視化することが出来るスキル。初めのうちは相手の魔力がぼんやりと見えるだけだが、使い続けるうちに他の人の魔力の最大量や流れ、得意な魔法や固有スキルを見ることが出来るようになる。
魔眼で見えた盗賊の固有スキルは『俊足』『盗み聞き』『炎魔法強化』。
固有スキルは生まれた時に与えられるもの。与えられるスキルの8割は血筋、つまり親族が持つスキルに似たものが引き継がれると言われており、残りの2割は突然変異で全く別のもになると言われている。
戦う時は基本的に固有スキルが有利に働くよう戦術を組み、汎用的に使用できる六属性魔法や身体強化魔法でそれを補うもの。
「いいスキルだ。犯罪に使うにはもったいない」
疾風のように飛びかかってきたのは俊足を持つ小柄な男。腰を低く落とし、突き出した短剣が一直線に心臓を狙ってくる。その刃に迷いはない。
だが、男の予備動作、俊足を使用する際の魔力の流れ、踏み出す瞬間に使用した身体強化魔法。動き出す前の全てが、魔眼で見えていた。その突進はオレにとって予定調和でしかない。
短剣が心臓に届く前に、オレは剣を前に突き出した。眼前に迫る剣先を見て、男は方向転換を試みる。しかし、それは叶わなかった。加速し切った身体を止めることは出来ず、剣先をぎりぎり避けるのが精一杯。右に振られた男の身体は足が絡まりバランスを崩しながら前に進み続ける。
「必殺だったんだろうな。お前の中では」
魔力を剣に流し込み横に軽く振る。手に何かを斬った感触はない。それでも男の胴体は真っ二つに切り裂かれ、分断された胴体は地面に落ち、血を擦りつけながら滑る。
「スキルを過信するからそうなる」
仲間を殺され盗賊に生まれた一瞬の動揺。距離を保っていた男が炎魔法の詠唱をしようした、その瞬間に投げた剣が喉元に突き刺さる。鈍い音と、濃赤の血を吐き出しながら倒れる男。地面に伏せる前に、オレは近付き剣を引き抜く。
「魔法ばかり鍛えて他を疎かにするからそうなる」
盗み聞きの男はすぐ隣を通り過ぎたオレを目では追えていなかった。しかし、盗み聞きで強化した聴力で気づいてはいたようだ。剣を構えながらこちらに振り返る。その前に、男の首を跳ね飛ばす。
「情報収集が役割なら前に出るもんじゃない」
奇麗な鮮血が吹き出し、地面を濡らした。
「出てくるならせめて、もう少し鍛えた方がいい」
音で認識したとしても、身体が付いてこないのでは意味がない。
汎用魔法である身体強化魔法。それぞれに与えたられた固有スキル。そして、それらを使いこなすための知力と身体の強さ。戦いに必要なのはこれらの全てだ。たとえ1つの能力が秀でていても、他が足りなければ強さは半減される。
スキルを過信することなく、得意な魔法を過信することなく、死にたくなければすべてを鍛えて強くならなければならない。
「……おしい」
転がる三つの死体。年頃はまだ20歳前後か。他に敵が出てこないところを見ると3人で動いていたのか、或いは親玉がどこかにいるか。
「もっと強くなれたのに」
もったいない。もっと戦いを知り、自分を知り、精進し続ければ強くなれた。魔眼で見えた彼らの力はこんなものじゃなかった。老いるだけのバッツなんていう中年なんて、ものの数年で追い越せただろう。
「指導してみたかったもんだな」
自分が育てればどこまで強くすることが出来たのか。どんなに悪い人間に出会っても、そう考えてしまうのはオレの悪い癖だ。
剣についた血を振り払って鞘に納める。
馬車の運転手は唖然とこちらを見ており、商人は馬車の中から怯えた視線をこちらに向けている。そして老人は、馬車の中にいるのか。魔眼で未だに荷物に挟まれているのが見えた。
「問題ありません。行きましょう。サンベリル村へ」
馬主にそう伝え、オレは馬車の中へと戻った。