5 裏切りの理由2
バッツは腕を組み顎に手を当てる。そして、暫く黙った後、ふっと片方の口角を上げた。わざとらしく肩をすくめてから、ゆっくりと言葉を落とす。
「俺はなあ。自分が最強だと思ってんだよ。だから、今の地位に納得してねえのさ」
「王都騎士団の部隊長だろ?立派じゃないか」
「はっ。雑魚はこれだから困る。見る目のねえ奴はこれだから困る。生きてる意味がねえバカはこれだから困るって言ってんだ」
バッツは拳を握りしめた。額にはじっとりと汗が浮かび、興奮と苛立ちが交じった顔つきでこちらを睨みつける。その目には、『オレは強い』という自負が剥き出しになっていた。
「俺は最強なんだぜ?だったら騎士団長になるべきだろ?違うか?ルーカス」
「……まあ、確かにお前は強い」
「そうだろ?」
その「そうだろ?」には、だから騎士団長になるはずだ、とでも言いたげな放漫が感じられる。
「けど、強いだけじゃ騎士団長にはなれない。お前は器じゃないよ」
「はっきり言うじゃねえか。こんな状況なのによ」
バッツの広い肩がぐっと持ち上がった。膨れ上がった上腕がぴくりと震える。今にも襲い掛かって来そうな怒りが、強靭な肉体を通して伝わってくる。
「その態度が気に食わなかったんだ。お前、俺じゃなくて他の部隊長をアンジェロに推してただろ?」
「……なるほどな。そういうことか」
教官は教官長に訓練の内容や部隊のあれこれを報告する。その際に、騎士団長候補や、今後伸びそうな部隊、積極的に任務を与えるべき部隊を推薦出来るのだ。しかしそれは教官の一意見であり、そこまで重視されるものではない。
あくまでただの一意見に過ぎないのだ。
どうやらバッツはオレがアンジェロに伝えた内容を知っているらしい。そして、バッツがその情報を知っているということは、アンジェロが漏らしたということだ。
「だからお前はいらねえんだよ。俺じゃなくて、他の奴を団長候補に推薦する奴なんか、俺の教官に相応しくねえ」
低く唸るような声、怒りを押し殺した響き。
「いずれ俺が騎士団長になる。そこにルーカス、お前みたいな小者はいらねえんだ」
ぶ厚い拳が音を立てて握りしめられる。肩がわずかに揺れているのは、震えているのか、抑えているのか。筋骨隆々のその体から、まるで空気が振動するような圧がにじみ出ていた。
くだらない。そう一蹴してしまいたくなる。先ほど言った通り、器ではない。
「そろそろ馬車が出るみたいだな。じゃあなバッツ。達者で生きろよ」
まさかこんなにも幼稚だったとは思わなかった。言葉を交わすのすら億劫になる。
馬車に乗り込むと、自然と欠伸が出た。先ほどまであれほど緊張していたのに、今は体に力が入らない。
その原因を作った男は、馬車が見えなくなるまでそこに佇んでいた。