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王都騎士団を追放された元教官 ―故郷で弟子をとることになりました―  作者: すなぎも


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41 彼女の実力

 狼が低く唸る。その赤い瞳が敵意と警戒で細められる。


 ブラックウルフの突然変異種と言われているダークウルフ。骨格も筋肉も完全に別の種に近い。人間のように二足で立ち、巨大な筋肉が隆起している。手足には強靭な爪が供えられ、低く唸る威嚇音は弱者の心を砕くのに十分だ。


 ぶち、ぶち、ぶち……。と、不愉快な音が森に響く。切断された腕の断面から黒い筋のようなものが伸びはじめる。筋が絡まり、膨らみ、肉を形作り、骨格が軋みながら音を立て――やがてそれは失った腕となる。


「へえ。凄いね」


 異様な光景を見ながらヒカゲが一歩進むと、彼女と同じ背丈をした黒塗りの人影が一つ現れる。もう一歩進むと、二つに増え、さらに進むと三つに増えた。


「でも、それがなに?」


 剣先を獣に向けると、三つの影が走り出す。危険だと察したか、獣は爪を立てて剛腕を人影に振るうが、空を切る。影たちは身軽に避けて、剣を獣に突き立てた。


 ――ガキィン!とぶつかり合う音が響き、剣が毛皮に弾かれる。人影はその衝撃に身体を泳がせ、鋭い爪が影たちを切り裂いた。真っ二つになったそれは、空中で霧散していく。


「硬いんだ」


 ヒカゲの声に動揺はない。続けて剣を地面に突き刺す。


「シャドウソード」


 狼の影が異様にうねると、漆黒の剣に姿を変えて喉元に襲い掛かる。


 だが、狼は巨躯とは思えぬ俊敏さで身をひねり刃を避ける。それでも漆黒の剣は空を滑るように曲線を描きながら狼を追った。まるで意志を持っているかのように狼を追いかける。


 狼はなおも素早く身をかわし、木の幹を蹴って跳び上がった。追いかけ、急上昇する剣を上空から睨みつけて――急降下。空中で翻り、爪を振り抜いた。


 キィン!と甲高い音が響き、剣が弾かれた。勢いを失ったそれは一拍遅れてヒビのようなひずみを見せ、霧のように溶けていく。


 大きな音を立てて着地する狼。野生の感か、瞬間的に振り返る――それより早く右腕が宙を舞い、黒い血しぶきが撒き散らされた。飛び引こうとするが、地面から伸びる影が足に絡まる。


「ダメでしょ?わたしを見てないと」


 いつの間にか目の前に立ち尽くしていた人間に、狼は雄叫びを上げる。すぐさま右肩の断面から筋が伸びるが、それより早く左腕が斬り落とされた。両腕を同時に復活させようと筋肉が隆起する。だが、腕の形が作られる前に今度は右足、左足が次々と斬り落とされていく。


 足を斬られた瞬間、傷口の断面から筋が伸び、斬り落とされた足と接続される。再び神経が繋がる寸前で、それを漆黒の剣が阻む。それでも復活を試みる狼に。


「必死なんだ?魔物のくせに」


 鳩尾に剣先が突き刺さる。ヒカゲが放つ冷えた瞳に、死が近いと誰でも察する。


 しかし、狼の眼はなお赤く光っていた。怒りでも恐怖でもない。それは、殺すためだけに存在する獣の本能的な意志か。


「気に喰わない。いつ見ても。お前達の眼は」


 突き刺さった剣の先端から、黒い影が音もなくにじみ出す。まるで液体のように流れ出したそれは、瞬く間に狼の身体の中へと染みこんでいく。狼が何かを振り払うように吠えるが、その声もすでに発せられていない。


「死ねばいいよ。魔物なんて」


 闇が爆ぜた。剣先から放たれた影の力が、一気に内側から弾け飛ぶ。狼の身体が黒い火花のように四散する。肉も骨も吹き飛び、黒い血が飛び散る。


 静かに、冷静に、木々囲まれた狭い夜空を見上げながら、ヒカゲは降り注ぐ血を浴びていた。

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