33 フィオナの成長
サンベリル村の外れ。広い草原をフィオナが風を切って走っている。まだ眠たげな牛たちがのんびりとしている牧場の中を、足音だけが軽やかに響いている。長い銀色の髪が陽光を受け、頬は運動の熱と風の冷たさに赤く染まっている。
「だいぶ体力もついてきたな」
数日前まではへんてこな踊りみたいな走り方をしていたが、今ではそれが嘘のようだ。走り続けられる距離も日に日に伸びており、フィオナもそれが嬉しいようで、清々しい表情を浮かべて走っている。
体中に魔力が流されるのが見えた。身体強化魔法だ。
フィオナが一気に加速した。風が髪を後ろに引き、草を裂くように一直線に駆ける。息遣いが荒くなり、頬に汗が流れる。けれどその表情は苦しさではなく、自信と嬉しさが混ざり合っていた。
次第にスピードを落として、オレの目の前で立ち止まる。
「どうでした?」
言葉では問いかけてきてはいるが、「凄いですよね。褒めてください」と言わんばかりの表情だ。
「いい感じだな。体力も筋力もついてきてる。身体強化魔法もかなり使えるようになってるし、成長し過ぎててちょっと心配になるぞ。身体は大丈夫か?」
「はい。これぐらいなんともないです」
唇の端がきゅっと上がり、わずかに拳が握られる。喜びを隠しているようだ。
「もうちょっと走ってきます!」
「待ってくれ」
乗り気なフィオナを呼び止める。
先ほどの誉め言葉は嘘じゃない。体力と筋力に関しては、ようやく普通の人に追いついて来たといったところではある。だが、身体強化魔法に関してはかなり使い方が上手い。既に傭兵や騎士団のそれに匹敵している。
体力づくりで充実してそうだが、そこに留めておくのは勿体ないか。
「ちょっと移動するか」
フィオナを連れて少し離れた森の中に入る。木々が生い茂る中、少し開けた広場で立ち止まり、歩いてる途中で取った果実を頭の置いた。
「ど、どうしたんですか?」
戸惑うフィオナに。
「オレからコイツを取ってみろ」
その一言で察したのか、フィオナの目つきが鋭くなる。
「全力でいいんですか?」
「魔獣化もしていいぞ」
「……わかりました」
呟いた瞬間、足元の空気がふるりと揺れた。次の瞬間、足首から光が立ち上がり、青白く凝縮された光がフィオナの足をテールラビットのモノに変化させる。
身体強化魔法を使う上で魔力の無駄のない流し方を学んだお陰か、変身が前よりスムーズになっている。
「行きます!」
魔眼で彼女の身体の隅々を見る。魔力は脚部ではない、上半身に集められ、しかし予備動作を取ったのは獣化した脚部。地面を蹴る角度から行先を予想して身構える。
地を滑るような速さ。風を裂き、一瞬で距離が消える。
「でも見える」
片足を軸にくるりと半回転し、その場を離れる。フィオナの指先はあと数ミリで果実に届いていたが、おしくも空を切った。
「おしいっ」
「そうでもない」
フィオナが姿勢を低くし、爪先に力が込められるのが見える。 踏み込み、跳躍、フェイント交じりの接近。オレは伸ばされた手を避けるように後ろに跳び、体を斜めに傾け躱して見せる。
「今度こそおしかったですよね!」
「そうでもない」
悔しそうに唇を噛んではいるが、その目はどこか楽しげだ。遊びのような訓練。真剣な駆け引き。
その後、フィオナは何度も飛びかかってきた。
「そこ!」
「そこじゃない」
「ここ!」
「ここでもない」
「んー……もう!動かないでください!」
「そんなわけにはいかないだろうが」
幾度となく繰り返される攻防。フィオナの髪は風に乱れ、息は次第に荒くなっていく。頬には汗が滲み、肩で呼吸をしながら、それでも目だけは諦めていなかった。しかし、無常にも身体はついてこなかったようだ。
「はぁ……。はぁ……。な、なんで……。ぜんぜん、届かない……」
力尽きたようにその場にへたり込んだ。膝をつき、両手を地面についている。
オレは歩み寄り、顔を合わせるようにしゃがむ。
「いい動きだったぞ」
「ひ、皮肉にしか、聞こえません……」
「そんなことないけどな」
魔眼のお陰でフィオナの動きは見切れていたが、使わなければ簡単に取られていたかもしれない。それぐらい動きは速く、挑戦の中で動きを修正していた。フェイントをすぐに織り交ぜてきたのは感心したものだ。自分が動くより遅い速さの土を投げてきた時は、笑いそうになったけど。
「とれなかったけど、随分長く魔獣化し続けられるようになったんじゃないか?」
「えっ?」
言われて気付いたのだろう、フィオナは自分の足を見る。あれだけ動き続けたのに、魔獣化が解けていない。身体は疲れ切っているだろうが、意識を失う程ではない。つい先日まではたった数歩、全力で動くだけで倒れてしまっていたのに。
「成長して凄いで賞と、果実を取れなかった残念賞ってことで、これをやろう」
頭の上にのせていた果実をフィオナに差し出す。
フィオナは自分の足から視線を外して果実を受け取った。それと同時に魔獣化が解ける。
「いったん戻って休憩にしようか」
いい運動になった。と立ち上がるが、フィオナは未だ不思議そうに果実を見続けていた。
「疲れて立てないか?おんぶするか?」
「……いえ」
ゆっくりと、顔を上げて嬉しそうに笑う。
「次は絶対とります。おんぶはその時にお願いします」
疲れ切った体でそう言うフィオナの瞳はどこまでも真っ直ぐだが。
「別におんぶはご褒美じゃないぞ」
「それはわかっています。けど、いましてもらうのは違うんです」
疲れているからおぶってもらうもんだと思うんだけど。
フィオナの考えが、オレにはさっぱりわからなかった。




