25 フィオナの訓練内容
「次にフィオナの内容だけど」
「はい」
深く澄んだ蒼色の瞳。ソニアとは違い冷静だが、真直ぐな視線には期待を感じる。その期待を裏切る事になるかと思うと心苦しいが、今のフィオナに必要なことなのでちゃんと伝えよう。
「まずは全身に身体強化魔法を使ってみてくれ」
伝えると、芝生がざわめいた。フィオナを中心に空気が膨らむような風が吹き、銀の髪がふわりと流れる。肌に触れる空気が重く感じるのは、彼女の身体を包む魔力が力強い証拠。
小さな肩に細い指先、薄い胸板。強さとは無縁のように見えていた幼い身体から、今では圧を感じる。
「これでいいですか?」
「よし、その状態で」
オレは目の前にある広大な湖を指さした。
「湖の周りをひたすら走れ」
早朝の静まり返った空間に、オレの言葉が響いた。フィオナはじっと蒼眼をこちらに向けている。真っ直ぐこちらに向けられていた目が細められ、徐々にそれは閉じられていく。必死に理解しようと処理をしているようだが、それを阻むなにかがあるようだ。
冷静で礼儀正しい彼女が普段は見せない、眉間に皺を寄せた渋い顔をしている。
「それは冗談ではなくですか?」
「冗談なんかじゃないぞ」
「この湖の周りをひたすら?」
「何周だってしていい。すればするほどいいからな」
視線を下げ、手のひらを顔に当てて考え込むフィオナ。五秒たち、十秒たち、三十秒すぎたあたりでこちらを見上げた。
「さっきルーカスさんは固有スキルを使い熟すのが強さに直結すると言っていませんでしたか?」
「言ってたな」
「だ、だったらなんで身体強化魔法を使いながら走り回るのが訓練になるんでしょうか?固有スキルをいっぱい練習した方が早く使い熟せるようになると思うんですけど」
ごもっともな疑問をぶつけてくるフィオナ。ソニアもフィオナもオレの指示に自分なりの考えを言えて偉いな。
「素晴らしい」
「で、ですよね。だったら固有スキルの練習を」
「素晴らしく初歩的な勘違いだな、それは!」
オレの言葉にソニアが「さっき聞いた!」と反応しているがいったん放っておこう。
「フィオナは魔獣化で足をテールラビットに変身させながら全力で何歩走れる?」
「えっ、えっと」
「十二歩、それがお前の限界だ。それ以上は変身を維持できなくなるどころか、意識を失う。魔力も体力も尽きて暫く起き上がれなくなる」
断言する言葉に、フィオナはムッと表情をしかめる。
「なんでそこまで言い切れるんですか?」
冷静で御淑やかそうに見えるが、意外とソニアより怒りっぽいのかも知れない。気にしていたところを突いたせいでムキになっただけかも知れないが、まだまだ年相応の幼さ。
「手合わせしたときフィオナがオレの背後を取ったのは九歩。肩を掴まれて抵抗しようとした時の魔力量と諦めた後、倒れそうになった体力を鑑みるに限界は十二歩だ。まあ詳しい歩数の話しはいいとして、魔獣化で無理をした心当たりがあるんじゃないか?」
問いかけに、何かを言おうと開いた唇はすぐに閉じられた。悔しさと、ほんの少しの悲しみが読み取れる。
心配しているソニアを見るに、魔獣化で無理をし過ぎて割とヤバいところまで行ったのかも知れない。その経験がなければ、オレに捕まった時、もっと暴れていたはずだ。
「フィオナの魔力はかなり多い、それは誇っていい。よく独学でここまで伸ばしたもんだと感心する」
魔力の量は訓練で増やすことが出来るが、増やしやすいかと、増やせる上限は生まれ持ったもの。天性だ。その点、フィオナは恵まれている。独学で訓練しているとは言え、今の年齢にしては驚くほど魔力が多い。大量の魔力を使用する魔獣化との相性は最高と言えるだろう。
「だけど他が足りてない。体力と筋力。それと身体強化魔法の使い方、魔力のうまい流し方が出来ない。だから数歩動いただけであんなに体力を消耗するん」
説教のような言い分だが、フィオナはしっかりとこちらを見ている。まだ少しムッとしているが、素直に聞いてくれているのでよしとしよう。
「スキルばかり伸ばしても意味がない。スキルを活かせる身体と体力。魔力と魔法を使える奴が、初めてスキルを使い熟せるんだ」
もちろん恐ろしいスキルを持ってる奴はそれだけで脅威だ。固有スキルという生まれ持った差に愕然とすることもある。だが、その優位を過信している奴の程度は知れる。必ずどこかに弱点があり、そこを突ければあまりにも脆く、あっさりと死んでいく。
「私にいま必要なのは、魔獣化に耐えられる体力と筋力」
冷静さを取り戻したのか、自分の身体を見ながらそう呟くフィオナ
「それと、身体魔法の使い方。もっと無駄なく、要領よく使って使用魔力を抑える。そうしないと長くは戦えないから」
自分の言葉に落とし込み、納得するように頷いた。
理解がある子だ。一度はオレの言い分にイラついていたが、すぐに立て直して、冷静に分析している。或いは自覚はしていたが、どうしたらいいのかわからなかったのか。
ソニアもフィオナも思った以上にしっかりしている。自分たちだけで強くなろうといろいろ考えてきた結果か。家族間では溝になっていたかも知れないが、それがいい方向に育てたようだ。
「わかりました、ルーカスさん」
「よし。魔法の使い方と走り方、細かい点はあとでしっかり教えてやるからな」
お願いします、と頭を下げるフィオナ。
さてはて、2人がどう育っていくか。
「くふふ」
『きもちわる』
楽しみが故に漏れてしまった笑みに気づいたのは、影に潜んだヒカゲだけだった。




