17 後押し
「ちょっと飲み過ぎたか」
口にはまだ微かにお酒の香りが残っていて、ゆっくりと、転ばないように足を運ぶ。
あの後、サイラスさんも合流して暫く昔話に花を咲かせて夜中に解散となった。いきなり王都から追放され、成り行きで故郷に帰ってきたが、昔馴染みの人たちと楽しくお酒が飲めるなら悪くなかったのかもしれない。
夜の空気はひんやりとしていて、頬をなでる風に酔いが少しずつ引いていく。湖に面した家が遠くに見えたところで、物音が聞こえてくるのと同時に、微かな魔力を感じた。
湖と家の間にある芝生。月明かりの下で誰かが立っているのが見える。細い身体が風を切り、銀の線を描いていた。近付くと、月光を浴びた細身の剣をソニアが振っている。
魔力を感じる方を見ると、そこにはフィオナ。足はテールラビットのもに変わっている。目を閉じ、両足は肩幅に開き、腕を重力に引っ張られるがまま下に降ろしている。風に髪が揺れても、湖面の冷気が肌を撫でても、微動だにしない。
「こんな時間まで鍛えてるのか」
少女がこんな時間まで鍛えてるというのは、よほど騎士や傭兵にでも憧れていない限りありえない。いや、憧れたとしても、こんな夜中に訓練はしないか。
「しかしおしいな」
教える人がいないからがむしゃらにやっているのだろうが、頑張り方を間違えている。ソニアが今やるべきことは身体を鍛えることじゃないし、フィオナが今やるべきことは、ああして魔力の最大量を上げる事じゃない。やって無駄にはならないだろうが強くなるための道のりを遠回りしている、といったところか。
ああいうのを見るとムズムズする。教官時代、頑張る方向を間違えて成長できずに長い間くすぶっている騎士を何人も見てきた。担当じゃない部隊の騎士が悩んでいるのを見るのはどうしょもなく苦痛だった。
何度か別部隊の騎士にアドバイスしてしまい、相手の教官に睨まれたのは昨日のことのように思い出せる。それでも騎士が御礼をしに来てくれたので、止められずにいたんだけど。
そんな性分だから今の2人を見るとムズムズしてしまい、酔いのせいか理性があっという間に破壊された。
「フィオナ!ソニア!」
剣を振っていたソニア剣がぴたりと止まり、フィオナが目を開ける、2人の顔がこちらを向く。凍りついたような沈黙。月明かりに照らされた2人の顔には、驚愕が浮かんでいた。
「お兄ちゃん?」
「ルーカスさん」
「お前らちょっとこっちにこい」
目の前に2人の少女が立ち並ぶ。その表情には微かな不安が浮かんでいる。
さて、どうしたものか――と、考えるまでもない。
「お前ら、強くなりたいんだよな?」
問いに、2人は顔を見合わせ、すぐにこちらを見上げた。
「うん!」
「はい」
「大切な人を守りたいんだな?そのために力を付けたいんだな?」
返事はすぐに来る。と思ったら、そんなことはなかった。2人はどこかよそよそしい雰囲気を醸し出し、口をもにょもにょとして言葉が出てこない。
「え、えっと。それもそうだけど。お兄ちゃんを追いかけて騎士に――はうぅ!」
なにか小声で喋っていたソニアを黙らせるように、フィオナが横腹を突いた。
「今は、この村にいる大切な人達を守るために強くなりたいと思ってます。嘘はありません」
「本当だな?ソニア」
「そ、そうだよ!間違いないよ!」
ちょっと迷いが見えるが、まあいいだろう。今の言葉に嘘があるとは思えない。
「ならまずは両親にそのことを伝えてこい」
オレの言葉に、2人は不安そうに目を逸らした。2人は両親から鍛えることを反対されると思い込んでいるので、不安になるのはしょうがない。だが、それが勘違いだということはもうわかっている。
「久し振りに帰ってきたオレが言っても説得力がないかも知れんが、ハリドさんもリサさんも、サイラスさんもアンナさんも。お前らの考えを頭ごなしに否定する人じゃない」
「それは、そうだけど……」
「もし話してダメだって言われたら、その時はオレのところにこい」
下を向いていた2人が、こちらに顔を上げる。
「その時はオレが相談に乗ってやる。だからまずは親に相談してみろ。いいな?」
酔いのせいだろう、腕を組んでどこか偉そうに言ってしまう。そんなオレを見て2人は。
「わかった。お兄ちゃんがそう言うなら、お願いしてみる!」
「わかりました。正直に伝えてみようと思います」
納得してくれたようだ。
「ほいじゃ今日はもう解散して家に帰れ。オレも寝る」
言いたいことが言えてすっきりしたと、オレは軽く手を振って家に入った。




