16 決意
「ルーカスくん。これからのことは考えてるの?」
「なにも考えてないですよ」
「あら。随分とあっさりしてるのね」
「いきなりクビにされましたからね。貯蓄はあるので暫くはまったり過ごそうとは思ってますけど」
騎士と教官時代に貯めていた金はたんまりとある。貯めていたというよりは使う機会がなかっただけだけど。
「じゃあ暫く村にいるの?」
「はい」
「そう。村にいるのね。ふーん。暫く暇で、村に、ね。いいことね」
アンナさんの含みのある返事と、あまりに優しすぎる笑顔。少し首をかしげてにこっと笑うその表情は、昔からよく知っている。
「教官は楽しかった?」
「楽しかったですよ。オレのアドバイスで騎士が強くなったり、戦闘面で悩んでることを解決してあげたり出来てましたからね。感謝もしてもらえますし」
そのせいで誰彼構わず指導したいという悪癖が付いてしまったが、それはご愛敬である。
「なるほどね。へぇー、楽しかったんだ。ふぅーん。それはよかった」
どこか含みがあるような言い回しに、違和感を覚えたのはオレだけじゃなかったようだ。
「お、おいアンナ。まさか」
「ハリドはお酒でも飲んでいて」
笑っているのに、目がまったく笑っていない。氷のように澄んで、ぞっとするほど冷たい視線。それを向けられたハリドさんは、乾いた笑い声をあげたあと、背中を丸めて静かにお酒を飲み始める。
そして、アンナさんの視線がふっとこちらに向く。
「ならルーカスくん。フィオナを鍛えてあげて欲しいんだけど」
「フィオナを、鍛える?」
まさかのお願いに、言葉をそのまま復唱してしまった。
「ええ。あの子、いま強くなろうと頑張ってるみたいだから。この村の人が強くなろうとする理由。ルーカスくんならわかるよね?」
「8年前のこと、ですよね」
「そう。8年前。この村は魔物に襲われて多くの人が死んだ。戦い方を知らなかった私達が生き残れたのはただの運。だれが死んでもおかしくなかったし、当時の騎士団長がたまたまこの村で休暇を取っていなかったら全滅していたわ」
アンナさんは遠くを見るように続ける。
「だから、私もハリドも。サイラスもサラも。村の復興が終わってからみんなで魔物と戦えるように鍛えたの。私達だけじゃなくて、村の人みんなね」
なるほど通りで、という言葉を今はしまっておこう。
「当時フィオナは4歳だったけど、村が襲われた時のことはしっかり覚えてしまっていたみたいね。それが原因で、私たちに隠れてこっそり鍛え始めたの」
「ソニアも一緒にな」
今まで黙っていたハリドさんが付け加える。
「私たちは、子供も強くなりたいって思っているなら一緒にやりたかったんだけど」
アンナさんとハリドさんが気まずそうに言葉を詰まらせ。
「2人があまりにも隠すものだから、一緒に始める機会を完全に見失っちゃって」
そして、今に至るらしい。
つまり、アンナさんやハリドさんはフィオナとソニアが強くなろうとしている事を知っていて、それに反対する気はないらしい。むしろ強くなることを良しよしている。が、2人があまりにも隠そうとするので言い出せずにいる。
対してフィオナとソニアはそれに気付かず、鍛えていることを親に知られれば止められると思い込んで、隠れて強くなろうとしているということだ。
「まったく」
呆れる。呆れて、笑ってしまう。
「なにやってるんですか。2人そろって。親子そろって」
オレのその表情を見て、2人も困ったもんだと笑みを見せた。
「情けないものよね。サイラスは『2人が言ってくるまで知らない振りをする!』って意地まで張っちゃって」
「サラも自主性がうんたらかんたらだから放っておけばいいって言うし。お手上げもんよ……。だがよ、ルーカス。親ってのは、その、難しいもんなんだ」
困っているはずなのに、その表情はどこか幸せを含んでいる。
オレに子供はいないから、親の気持ちはわからない。だけど、困っている2人を情けないだなんて思えなかった。むしろ可愛い大人たちだなと、子供の頃のオレだったら抱けないような愛らしさすら感じる。
「そうですね」
オレも子供の頃は母さんやアンナさんに内緒で色んなことをしていた。それこそハリドさん、サイラスさんと一緒になって悪戯をしたり、親には言えないようなこともした。
2人の頬が赤くなっているのは、酔っているのか、恥ずかしがっているのか。
どちらにしろ、みんな力になりたい。改めてそう思えた瞬間だった。。




