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王都騎士団を追放された元教官 ―故郷で弟子をとることになりました―  作者: すなぎも


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11 手合わせ

「えっ?」


 ソニアは目を見開いた。まるで、自分の耳を疑うように。

 フィオナは驚きというよりは緊張か、身体で強張っている。


 2人が鍛えている。というのは姿を見てすぐに気づいた。


 鍛冶屋の娘であるソニア。仕事を手伝っているうちに付いた筋肉かとも思ったが、そうじゃない。細い腕だが無駄な肉はなく、肩から前腕にかけてしなやかな筋の流れがある。ふくらはぎには僅かに張りがあり、日々の稽古の積み重ねを感じる。


 家への侵入を止めようとしたときの圧は、鍛冶屋の力とは違う圧。


 対してフィオナ。身体は華奢だが力強い魔力を感じる。フィオナがオレの袖をつかみに近付いた時、肌の上を這うように感じられたもの。それは風でも熱でも冷たさでもない確かな魔力。幼いころのフィオナには感じられなかったものだ。


 しかし、魔力が身体の中に留めて置けていない。制御不足ということを、本人は気付いているのか否か。


「手加減は必要か?」


 なんらかの目的で2人は鍛えている。

 そして、オレに手合わせをお願いしてきている。


「全力で、お願いします」

「わかった」


 年端もいかない少女に本気を出すわけもないが、少し付き合ってやるとしよう。


 一歩前に出たのはソニアだった。


 息を吐き、腰を落として構えを取る。右足を半歩引き、拳を胸元へ。左手はわずかに前へ差し出され、掌がぴたりと閉じられている。一見、隙の無い構え。小柄な体躯に緊張と集中が感じられている。


「こないのか?」


 構えを取ったまま、ソニアは仕掛けてこなかった。額に一筋、汗が浮かんでいる。


 オレが一歩前に進む。ソニアの喉がかすかに上下した。


 瞬間、地面を強く蹴り、オレは彼女の背後に回り込んだ。


 ソニアは慌てて周囲を見渡しているが、姿を捉えられていないようだ。ソニアからしたら空気そのものに溶け込んだように映ったかも知れない。


 拳を構え直している脳天に、手のひらを乗せる。


「えっ?」


 振り返ったソニアの目は大きく開かれていた。


「今の。いつ。全然、見えなかった」


 その目に宿ったものから読み取れる感情は『理解が追いついていない』という戸惑い。息が整わないまま、未だに拳を握りしめている。


「お疲れさん」


 昔のように頭をなでなでしてやると、構えを解いて息を吐いた。小さな指が、震えながらだらりと下がる。


 ソニアは何も感じられなかったのだろう。気配も、足音も、その兆しすら。目の前に立っていたはずのオレを見ていた分だけ、何も見えず、感じることも出来なかった。


「ありがとう、ございました」


 呆然としながらも、ソニアはその場を離れようとはしなかった。


 そこから少し距離を取ると、フィオナが後を付いてきた。


「今のを見てもやるか?」

「もちろんです」


 フィオナは辺りを見渡し、誰もいないことを悟ったのだろう。


「私は――本気でいきます」


 足元に魔法陣が浮かび上がる。


 フィオナの足に絡みつくように光が激しくなる。皮膚が、質感を変える。骨の形状が変わり、関節が反転し、指が爪へと変化していく。ぱきり、ぱきりと音が鳴る。しかし、苦しげな声はない。ただ、淡々とフィオナはその変化を受け入れていた。


 人の足だった場所には、滑らかな毛並みに覆われた四肢に代わっている。脚部の筋肉が研ぎ澄まされ、それは獣の足そのもの。森の中に生息している、逃げ足が速く捕まえることが困難なテールラビット足だ。


「固有スキルを使えるのか。しかも魔獣化」


 魔法陣が霧散し、フィオナが足を一歩踏み出す。爪が土をえぐる音がする。今までの一歩とは明らかに重さも速さも違う。掴めば折れてしまうような小枝のような足はもうそこにはない。


 地を裂くように蹴り出される気配。


「速いな」


 身の熟しを見る前からわかる。彼女の動きは速い。しかし、予備動作が大きい。重心の移動、気配の動き、そして呼吸の音すらオレには感じられる。それは、次の動きを予想するのに十分すぎる証拠。


 フィオナが目の前から消えた。


 しかし、その動きがわかってたが故に、オレの目からは逃げられない。半円を描くように回り込み、背後を取ろうと地を蹴っている。


 背後にフィオナの気配が強くなる。速さの余り止まりきれず、勢いの余った足が地を滑る音が聞こえる。振り返り、フィオナの重心が定まる一拍早く、両腕を伸ばした。


 テールラビットになっている下半身はしっかりしているが、上半身。いや、他の全てが速さに対応出来ていない。体制を整えようと必死なフィオナの両肩を掴む。


「ッ!?」


 掴んだ身体がびくりと跳ねる。驚いたように息を飲む気配が肩越しに伝わってくる。熱を帯びた身体はまだ小さく、細く、未熟で、未完成な肩幅。力を込めれば簡単に潰せてしまいそうなガラス細工のようなもの。


「十分か?」


 問いかける。


 反抗的な目つき。肩が揺れ、腕が力んだ。逃れようとする力がじわじわと伝わってくる。だが、その抵抗はすぐに収まった。細い肩から力が抜ける。小さな息づかいが大きくなっていく。悔しさか、疲労か、それとも、その両方か。


 魔獣化が解かれ、フィオナの下半身が人間のものに戻る。魔力を使い過ぎたせいか、足元がふらつきバランスを崩したフィオナの身体をしっかりと支える。


「ありがとう、ございました」


 俯いたままのフィオナを椅子に座らせ。


 ……少しやり過ぎたか?


 落ち込む2人を見て、後悔が沸きあがって来るのを感じた。

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