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Lacrima EX MACHINA  作者:
98/100

第6話 Six Feet Under⑮

 フィー達が診療所の裏口から外へ出ると、遠目に多くの警察官達の姿と、不安そうに診療所を見つめる人々の姿が見えた。

 その中にはよく見知った人もいる。みんな、フィー達に優しくしてくれた人ばかりだ。

 本当はあの人達一人ひとりにお礼を伝えたかったのに、今はもう叶わなくなってしまった。


「もうちょっとここにいたら、お訪ね者の俺らも問答無用で捕まってたな」

「……そうね。少なくとも今のライなら逃げることも難しかったかも」

「あぁ、とりあえずは逃げることが最優先だな。フィーもそれでいいな」


 正直、許されるなら今すぐにでも三人を弔いたい。あんな最後、あんまりだ。それでも、そんなことができないことぐらいフィーにだって分かる。


「……うん」


 先導を歩くライアンに手を引かれたまま、フィー達はスラム街を抜ける。ロビンの教えてくれた馬車乗り場までは、何もないただの畦道だけが続くだけだ。

 三人の間に会話はなく、ただ時折冷たい風がさっと通り過ぎていく。

 フィーが顔を上げると、先程まで晴天だったはずの空にはいつの間にか分厚い雲がかかっていて、いつ土砂降りの雨が降ってくるか。

 先程見えた光景が何かは分からない。気にならないと言えば嘘になる。それでも、今のフィーには正体の分からない記憶への恐怖より、友人を失ったショックの方が遥かに大きかった。


「……雨、降りそうだよ」

「そうね」


 何も答えないライアンの代わりに、イニが答えてくれた。


「雨宿り、できるかな」

「どうかしら」


 ポツッと冷たい雫が頭を打った。フィーが顔を上げると、今度は大きな雨粒が頬に当たった。


「……あっ」


 イニが濡れちゃう。そう考えてイニが濡れないように前屈みになった瞬間、ザッと強い雨が降り始めた。

 ふと、前に同じことをしていた気がした。でも、それがいつの記憶なのかは、今のフィーには分からなかった。

 前を歩くライアンは何も言わない。イニも何も言わなかったから、フィーもずぶ濡れになりながらただ黙って雨でぐしょぐしょになった道を歩き続ける。


「……おかしいだろ」

「え?」


 雨音の中、ライアンが呟いた声はやけにハッキリと聞こえた。それでも、彼の言葉をフィーは聞き返した。


「こんなの、おかしいだろ」


 ライアンの声は、震えていた。それはきっと雨で身体が冷えたからじゃない。それが分かっていたから、フィーはただ黙って彼の言葉の続きを待った。


「エイミーさんの願いどおり、俺が話してたらこんなことにならなかったのかな」

「……そんなの、分かんないよ」

「でもさ! 俺が昨日エイミーさんの話を受け入れて、そのままアルフレードに伝えてたら、あいつら死ななかったかもしれねぇじゃねえか!」

「そんなの分かんないよ!」


 くるりと振り返ったライアンの目からは大粒の雫が垂れている。それは雨なのか涙なのか分からない。それでも、痛々しいまでのその苦しそうな表情を見て、フィーも自分が泣いているんだと理解した。


「俺は……何にもできねぇ。サタンにも勝てなかった。友達の弟も、友達家族も、何も守れなかった! 俺は偉そうに言うだけで何もできてねぇ!」

「そんなの……」


 助けられなかった人がいるからこそ、あたしを助けてくれたでしょとは口が裂けても言えなくて。言葉をぐっと飲み込むと、フィーの喉がズキリと痛んだ。

 辺りに響くのは雨音だけ。三人は誰も言葉を発しなかった。それでも、フィーに守られるように抱きしめられたイニが、「歩きましょう」と呟いてくれた。


「さあ歩きましょう二人とも。アナタ達は人間、このままじゃ風邪引いちゃうわ」

「分かってる……分かってるよ。でもさ、イニ。俺はなんでこんなに弱いんだよ! 悔しいんだ。何もできない、弱い自分が許せねぇんだよッ!!」

「でもね、ライ――」


 イニが言葉を続けようとした時、三人の頭上に雨粒が当たらなくなった。ライアンとフィーが揃って顔を上げる。


「……傘?」


 どうしてこんなところにと考えるのと、人の気配が現れるのは同時だった。さっきまで人の気配なんてなかったのに、一体どこから?


「滑稽ですね」


 次の瞬間、そんな冷めた声がフィーの鼓膜を打った。驚きにそちらへ顔を向けると、メイドが一人佇んでいた。

 まるで人形のような整った顔立ちに、宝石のような黒く、大きな瞳。そして錦糸のような美しい髪の毛。身長はライアンと同じか少し大きいくらいか。そんな突然現れた美女に、フィーは言葉を失ってしまう。


 誰? この綺麗な人。


「なんで……なんであんたがここにいる、ソフィア!」

「ソフィア……?」


 ライアンがソフィアと呼んだその人は、返事をすることなく。じっと、冷たい瞳で三人を見下ろしていた。

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