第6話 Six Feet Under⑪
「ねえイニ。ライアン戻って来ないけど、大丈夫かな?」
「大丈夫かと訊かれたら、心配は心配ね。でも、今はライを信じなさい」
「……うん」
イニはそう言うけれど、フィーとしては先程のライアンの様子もそうだし、診療所から漂う血の香りに気が気ではない。
そんなフィーの様子を察したのか、イニがフィーの手を優しく摩ってくれる。
「きっと大丈夫よ」
「そう、だよね。うん、ありがとうイニ」
そう言って腕の中に収まっている彼女に笑いかけるも、自分の頬が引き攣っているのが分かる。あの時みたいな喧嘩沙汰にはならないと信じているが、何も分からない今、不安で押し潰されそうだ。
「……早く帰って来て欲しいな」
「そうね。今は待ちましょ」
イニがそう静かに答えたのと、中からくぐもったライアンの怒声が聞こえたのは同時だった。
「ど、どうしようイニ! ライアンに何かあったんじゃ!?」
「……喧嘩? いや、この感じは喧嘩でも口論でもない?」
眉間にしわを寄せ、イニは耳をそばだてている。フィーが一歩踏み出そうとした瞬間、ペシンと彼女の腕をイニが叩く。
「フィー。ここにいなさいってライに言われたでしょ? 忘れたの?」
「で、でも!」
「そう言って前も同じことがあったでしょ?」
「そうだけど……」
脳裏にはついこの前、ライアンがサタンと戦った日のことがよみがえる。あの日とは状況が違うとは言え、イニの言うことは正しい。それでも、ライアンが心配で、彼の元へ駆け付けたいと思ってしまう自分がいるのは確かだ。
「あの子が心配になる気持ちも分かるけどね。でも、私達じゃあの子の足手纏いにしかならないの。それを忘れてはダメ。私達の旅に着いて来るなら余計ね」
「うぐっ」
足手纏いという言葉に、フィーの胸が深く抉られる。実際フィーが二人の旅に同行して、今まで役に立ったことがあったろうか。……今のところない気がする。
「でも、それはフィーだけじゃなくて私もよ。こんな小さな身体じゃ何もできないわ」
「でもイニはライアンの相棒でしょ? それだけで凄く役に立ってると思うけど……」
「あ、相棒? ふ、ふふっそうね。私は相棒だから……ってそんな話は今どうでもいいのよ。とにかく、私達はよっぽどの物音でもしない限り――」
イニの言葉を遮るように、何かが倒れる鈍い音やガラスの割れる鋭い音ともに、ライアンが怒りに吼えた声がした。
こんな声で、かつてライアンが怒ったことがあっただろうか。怒りの中に悲しみが綯い交ぜになったかのような、痛々しい声で。
普段ライアンが怒ることはある。実際フィーだって何回も怒らせたし、フィー以外に怒っているところだって見た。けれど、今の声はそれらとはまた違う意味が込められているような気がした。
「ね、ねぇこれよっぽどの音じゃないの!?」
「いやえっとそれはそうなんだけど……あっちょっとフィー? 荷物持って何してるの?」
「入る!」
「待ちなさいってば! さっき話したこともう忘れたの!?」
「でも、ライアンに何かあったのかもしれないもん。あたし、見てるだけは嫌なの!」
「嫌なのって……なんでライもフィーも話聞かないのよもう!」
そう言ってジタバタと腕の中で暴れるイニを無視して、フィーも診療所へ足を踏み入れる。
暗いと、思った。日の光が入り口や明かり取り窓から差し込んでいるはずなのに、やけに暗い。
「……フィー! 今ならまだ間に合うわ。ライにも外で待ってろって言われたでしょ?」
「う、うん……」
やっぱりイニの言う通り、戻った方がいいのだろうか。そんな考えが頭をよぎる。
「アルフレードもエイミーもてめぇのことを慕ってた! 慕ってただけじゃねぇ! こいつらはてめぇのことを信じて頼ってたッ!!」
やっぱり戻ろうと怖気付いて足を一歩引いた瞬間、木製ビーズの暖簾の向こう側にある診察室から、そんなライアンの怒声が聞こえた。
「……ライアン」
無意識にその声の主の名前を口にした瞬間、フィーの頭にズキリと痛みが走った。




