第7話 kalei de scope③
「それで十分だ」
カバンをその場に落としたライアンに、イニがやれやれとでも言いたげに首を振る。
「えっ……ねえ、ライアン止めときなって! 腕だってまだ十分じゃないんだよ!? それに、あたしのせいで怪我だって――」
「フィー。言っても無駄よ。こうなったライアンは自分が負けを認めるまで折れないわよ」
「でも……」
「大丈夫ですよ、フィー様。すぐ終わりますので。雨に濡れて寒い中申し訳ございませんが、傘を持っていていただけますか。あぁそれと」
ソフィアはおもむろに指で空中を撫でると、そこからどこからともなく真っ白い大きなタオルが現れた。
突然のことにフィーが目を白黒させていると、それがふわふわとフィーとイニの身体を優しく包んでくれる。
まるで太陽に包まれているかのように温かいそれのおかげで、突然の雨に降られたせいですっかり冷えてしまった身体をじっくりと溶かしてくれるようだ。
フィー達がタオルに包まれたのを確認すると、彼女の服と同じ真っ黒な傘を手渡してくれる。
「あ、ありがとうございます……」
「いえいえ。では、しばしお待ちくださいませ」
雨の中、ストレッチを始めていたライアンとは対照的に、ソフィアはゆっくりと彼の元へ向かう。その足取りは、まるで買い物にでも行くような気軽さだ。
「ライアン、大丈夫かな?」
「まあ見てなさいよ。どうせすぐ終わるわ」
「いやいやいくらライアンのお師匠さんだとしても……えあっ?」
顔を上げたフィーの青い瞳が、驚きに見開かれる。
一瞬しか目を逸らしていないはずなのに、いつの間にかライアンが地面に叩き着けられていた。
「え? は、えっ?」
「ほらね、言ったでしょ?」
目の前の光景が信じられない。
地面に叩き着けられたライアンは瞬時に起き上がると、そのまま果敢にソフィアへと挑んでいく。しかし、彼女は一歩も動くことなく、ただその場でライアンをいなし続けている。
「どうしましたか? そんな程度で旅を続けると? それでは何も守れませんよ。そして、復讐など以ての外です」
「るせえ!」
しかし、ライアンは威勢だけで、その身体は無様に雨に濡れた地面へと何度も何度も沈む。
彼の服が、どんどん泥だらけになっていく。
フィーはただただ、そんなライアンの姿を眺め続けることしかできない。
「無駄ですよ。今のライアンでは私に勝てません」
「やってみねえと分かんねえだろうがッ!」
「分かりますよ」
言いながらソフィアはライアンの腕を捻り上げると、そのまま流れるように鳩尾へ膝を叩き込む。
「カハッ!」
そんな情けない声とともに、ライアンが膝を折ってしまう。
「情けない。これではウエスト・ベルズ・ウッドを出る前の方が強かったのではないですか?」
「……るせえよ。クソ」
そう言ってライアンが腕をなぐも、それがソフィアに届くことはない。そして、そのままライアンは動かなくなってしまう。
僅か三分足らずの出来事だった。
「ライアン……?」
「心配しなくても大丈夫よ。ただ気絶してるだけ」
イニのその言葉にホッとしてしまう反面、ソフィアの異次元の強さに恐怖をいただいてしまう。
「はあ……それにしても、レディを雨の中ずぶ濡れにさせておくなんて紳士の風上にもおけませんね。体術以外も再教育が必要かもしれません。失礼いたしました。お待たせしてしまい申し訳ございません。それでは行きましょうか」
ソフィアの言葉は軽かったが、彼女の腕の中ですっかり汚れが落ちて眠っているライアンの姿に、フィーはまるで壊れたおもちゃのように何度も頷くことしかできなかった。




