第7話 kalei de scope②
「なんで……なんであんたがここにいる、ソフィア!」
「ソフィア……?」
ライアンの呼んだ名前に、ソフィアと呼ばれた淡い栗色の髪を頭の後ろで一つ結びにしたメイド服姿の美女は、退屈そうな表情のまま小さく溜め息を吐き出す。
「全く……ずぶ濡れではないですか」
「あんたに関係ねえだろ」
ライアンは突き放すように言うけれど、対するソフィアは少しも嫌そうな素振りを見せることはない。いや、正確には一切表情が変わっていないが正しいのだけれども。
「関係はないかもしれません。ですが、私はそのような状態になるようにアナタを鍛えたつもりはありませんよ」
「鍛えた? えっ、イニどう言うこと?」
「そのままの意味よ。フィーの目の前にいるのが、ライアンの体術の師匠よ」
「ライアンの、師匠? ……えっ師匠ォ!?」
驚きのあまり思わずソフィアの全身を眺めてしまう。まるで人形のような容姿に、見るだけで分かる華奢な体躯。それに、しっかりと糊付けされ、シワ一つないメイド服。
見ただけでは少しも強そうには見えない。それどころか、あのライアンの師匠だなんて。
「ふふっ、信じらんないでしょ?」
「……うん」
得意げに言うイニに、フィーは素直に頷いてしまう。しかし、ライアンはというと奥歯を強く噛みしめてソフィアを睨んだままだ。
「不満ですか?」
「そりゃそうだろ。ソフィアがここに来たってことは、どうせ師匠が呼んでるとかだろ?」
「なんだ。分かってるんじゃないですか」
黒く、宝石のように大きな瞳をスッと細めながらソフィアは淡々と答える。
「俺は戻んねえからな」
「ワガママを言わないでください。スズナ様がお呼びです」
「ヤだね」
普段からは考えられないような子どもじみたライアンの様子に、フィーは思わず手元のイニへと視線を向ける。でも、そのことを口にするのは、さすがのフィーでもはばかられた。
「ねえイニ。スズナって人もお師匠さんなの?」
「そうよ。前に話したことがあるでしょ? ライアンには二人師匠がいるって。目の前のソフィアが体術の師匠なら、スズナは魔法の師匠って感じかしら」
「魔法の?」
フィーの言葉に、ソフィアはようやくこちらに気が付いたように視線を向ける。ブラックダイアモンドのような輝きの瞳に、そのまま吸い込まれてしまいそうで怖くなる。
「失礼、挨拶が遅くなりました。私はソフィア。スズナ様の僕であり、そしてここにいるライアンを旅に出ても恥ずかしくないように鍛えた者です。あなた様はフィー様で間違いございませんね?」
「は、はじめま……え? なんであたしの名前を?」
フィーが困惑していると、ようやくソフィアは少しだけ表情を崩した。
「スズナ様は何でもお見通しなのです。それからイニ、お久しぶりですね」
「ソフィア、久しぶりね」
腕の中から聞こえるイニの声は心なしかいつもより嬉しそうだ。ソフィアはイニへ微笑んだ後、再び表情を硬くしてライアンを見る。
「ライアン。今の現状を分かっていますか? 少なくともアナタは今、ワガママを言えるような立場ではないはずです。まだウエスト・ベルズ・ウッドを出てそこまで経っていないにもかかわらず、連れ戻されるのは屈辱でしょうが――」
「違うッ! 俺は、俺の弱さのせいで友達を失った。それに、敵倒さなきゃなんねえヤツらはもう分かってんだ。なら、俺はアルフレード達の敵を取んなきゃなんねえんだよ。それなのに、はいそうですかって国に戻れるワケねえだろうがッ!」
「だからこそではないですか? アナタはあまり使うなと言われていたはずの魔法を使ってまでも賊に負け、そして友をも失った。焦る気持ちは十分理解できます。ですが、ならばこそもう一度自身を見つめ直す必要があるはずでは?」
「んなの――」
「分かってるとは言わせませんよ。大体何ですかこのザマは。怒りに身を任せて人を雨の中傘も差さずに歩いているだけ。それではただ自分が不機嫌だとぶちまけている子どもと何も変わりません」
「だとしてもッ! 俺はやらなきゃなんねえことがあんだよ。俺はあそこに帰ってる余裕なんかねえんだよ!」
怒りで顔を真っ赤にしたライアンに対し、ソフィアはただ小さく溜め息を吐く。
「怒りで周りが見えてませんね。いいでしょう。では、私に勝てたらこのまま旅を続けても構いません。ですが」
ソフィアはそこで言葉を句切ると、スッと目を細めた。
「負けたときは素直に言うことを聞いて貰いますからね」




