前編
4000字強、全2話です。
短編で出そうかとも思っていたのですが、ちょっと長いかなと思って前後編に分けました。
読んで戴けたら嬉しいです。<(_ _*)>
彼が壊れて行く........。
涌皇が言った。
「アイツが居る」
「アイツ? 」
オレは今来た道を振り返る。
深閑とした真夜中の住宅街。
頭を垂れた街灯に数匹の蛾が不規則に踊っている。
「無駄だよ、アイツは素早いんだ」
「誰だよ? 」
涌皇がポケットに手を突っ込んだまま肩を竦め言った。
「大柄な男だ
白塗りの顔をして気付くといつもおれの後ろを付けて来る」
足音はずっとオレたち二人の物しか聞こえていなかった。
オレがそう言うと涌皇はフッと笑う。
「おれの幻覚だとでも? 」
多分幻覚だろう。
この頃の涌皇は常軌を逸していたと言っていい。
オレは言った。
「急いで帰ろう
雨が降りそうだ」
涌皇は雨雲がどんよりと不気味さを醸し出す夜空を見上げ言った。
「そうだな..........」
涌皇の才能は凡人のオレ達とは比べ物にならないほど完璧だった。
意欲に満ち溢れ涌皇は力強く、瞬く間にインディーズチャート上位の常連にオレ達をのし上げた。
ひとしずくの狂気を垂らして創られる楽曲は驚くほど繊細でありながら力強く、骨格のしっかりしたメロディーが耳に残った。
何かを創作する者は少なからず狂気を孕んでいると言うが、涌皇はその典型だったかもしれない。
涌皇の創る楽曲は新曲を出す度に凄みを増して行った。
しかし涌皇はそのカリスマ性と引き換えにイカレて行く。
涌皇は今日、スタジオに来なかった。
メンバーに涌皇は何故来ない、と責められる。
恋人だからと言って、オレは涌皇の保護者じゃ無い。
例えそうだとしても、四六時中監視してる訳じゃ無いから、涌皇の行動になんの責任も持てない。
そう伝えると他のメンバーたちは楽器を持って帰って行った。
帰り際に「あいつ最近いい気になってるんじゃないか」と嫌みを残して。
その後、オレが涌皇の家を訪ねると涌皇は床に座りソファに凭れ、目を開けたまま眠っているように仰向けになって動かなかった。
だらりと無造作に放られた手元に注射器が転がっている。
オレは涌皇の腹に跨がり肩を掴んで揺すった。
「何やってる?! 」
オレは注射器を握り涌皇の目の前に突きつけた。
「こんな物に手を出して、お前は破滅したいのか?! 」
涌皇は瞳に光を取り戻し、興奮して言った。
「凄い音楽を聴いたんだ!
これを聴いたらみんな驚くよ!
本当に凄いんだ!! 」
涌皇はオレを押し退けるといつも詞を書き留めているノートに何かを書き始めた。
オレは酷く苛ついて家を出た。
恐らくアイツは近い将来潰れる。
クスリに手を出して幸福になった奴の話なんて聞いた事が無い。
国外でどれほど多くのミュージシャンがクスリに溺れ転落して行った事か。
涌皇、お前はそんな風に落ちぶれたいのか..........。
涌皇はこの数年で変わってしまった。
確かに6年前に逢った頃から曲創りにずば抜けた才能が有った。
だがオレが涌皇に恋したのは才能が有ったからじゃ無い。
母の日に母親に贈る花を選ぶ時、はにかみながらオレに母親の話をする涌皇は優しい笑みを溢し、まるで壊れ易いガラス細工にでも触れるように一本一本の花を大切そうに手に取っていたのがとても印象的だった。
涌皇は音楽に触れていない場所では平凡で、何処にでも居る母親想いのいい息子だった。
オレ達のハンドに加入して次々と曲をヒットさせて行く内に涌皇は笑わなくなり近寄り難くなって行った。
非の打ち処が無い涌皇のあまりにも完成度の高い楽曲に、オレ達は総ての発言権を失った。
涌皇はそれを望んでいなかったかもしれない。
圧倒的な才能にオレ達は何処か僻んでいた。
成功させて貰った代償に涌皇には総ての面において言葉を飲み込んだ。
バンドのメンバーである以上、その暗黙の了解は恋人のオレも例外では無かった。
その日のライヴ、涌皇はリハーサルをすっぽかし、ライヴが始まる直前に現れてステージに立った。
観客からは大きな歓声が沸き上がる。
観客は期待を籠めて涌皇に視線を集中させる。
演奏が始まり歌い出すが呂律が回っていない。
2、3曲、演奏すると涌皇は急に暴れ出し、マイクスタンドで機材をぶちのめし始めた。
数人のローディーとでやっとの思いで狂乱する涌皇を取り押さえたが、もうライヴどころでは無くなっていた。
控え室で落ち着いた涌皇に、何故あんな事をしたのかと訊いた。
「アイツの笑い声を消したかった............」
定まらない目を泳がせ涌皇は、そう答えた。
「アイツって誰だ? 」
「交差する十字路で待ってるんだ..........」
涌皇は座っていたソファを見て言う。
「疲れてるんだ、休みたい...........」
これ以上は無理だと判断するしかなかった。
涌皇はこの数週間でげっそりと痩せ、目の下には濃い隈ができていた。
それなのに目だけはぎらぎらと内側に秘めるエネルギーを放出させている。
それは音楽に対する情熱なのかもしれない。
涌皇は取り憑かれている。
それが悪魔なのか神なのかオレには解らないが.............。
決していい物じゃ無い。
「少し休むといいよ..........」
オレが言うと涌皇はソファに横たわり、身体を丸め、腕を膝の間で挟んでそのぎらついた目を瞼で押し隠した。
読んで戴だき有り難うございました。<(_ _*)>
書く気力がなかなか湧かなくて、久々の投稿です。
楽しんで戴けると良いのてすが。(*´Д`*)