ガンジの冒険
「ドスン」
その音と共に周りにある薬品の棚が揺れている。青みがかった風情のあるレンガの壁に窓を設置しくり抜いたかの様な隙間がある。そこに俺は迷わずダイブして通り抜けた。
「ヒュー」
そんな音と共にまたもや世界が揺れる。足元がさっきよりも風通しが良くなった様に感じたがそんな事を気にしてる様な余裕もなさそうだ。息を切らしつつも背後を確認するため振り向く。
そこには身長が二メートル程の恰幅がいい筋骨隆々な男が立って眺めてきていた。そんな彼は顔中に包帯が巻いてあり、鍛治氏が使いそうなマスクを身に付けている。服は黄葉が枯れ始めた様な色をしており、所々破けた茶色いズボンにサスペンダーを身に纏っていた。手には一メートル程のサメの形をした棍棒を握っており、腕には痛々しい傷がちらほらと覗いてきている。
そんな化け物と対峙しながら何故こんな事になったのか記憶を遡っていく。
俺の名はガンジ、クリケットボールをやるただの青年という訳でもない。俺は身分を得るためにこのデスゲームに参加した。いくら怪しいとはいえ金が足りないので仕方あるまい。ここにくる前に参加するやつと顔を合わせたがそいつらとまともに会話できなかった、人と話そうとすると顔がこわばってしまうのは治らないだろうか。そして最近はテンションが高すぎて寝れてない、と関係のない無駄な思考していると目がだんだんと開けられる様になってきた。
まだぼんやりとしか見えないが何かが見えるでかい建物?目を擦り焦点を合わせるとそこには屋根が剥がれ、壁に穴がある病院のマーク(?)がついた建物が禍々しいオーラとともに自分を誘っている。俺はそんな誘いを振り払うために周りを見わたす。雑草は生えているところは荒れているが、誰かが手入れしているのか局所にしか生えていない。木々も似たようなものだが、完全に枯れている。雑草は半分枯れているが完全には枯れていない。まるで雰囲気を醸し出すために作られた場所だ。近くには柵みたいな物がありこれも所々折れている。そして以外にも身を隠せる物が少ないから、ハンターには見つかりやすそうだ。
俺は病院から逃げるように逆向きに歩き出し暗号機を探し始めた。ちらほらとレンガの壁があるがそこの近くに暗号機があると俺の脳が言っている。何故俺の脳が知っているのかわからないがとりあえず発電機を見つけた。それは古いタイプライターのような黒いボックスがあり、古いテレビが出すような音ではあるが不快ではない。
そんなこんなで触れようとすると指が勝手に動き出した。脳が何故かわかっているらしい。今日こんな感覚になるのが二回目だ。何故こうなるのかはわからないが体が勝手に動いてしまう。そんな俺はとりあえず体に任せて解読を進める事にした。
「カタカタ、カタカタ」と無心で暗号機を回す。誰にも邪魔される事なく俺が回していると急に脳が反応した俺は反射で電力を弱めた。それが功を奏したのか何も起こらなかった。多分これをミスってしまうと電気ショックが発生し、大きな音が鳴る。そんな確信にも近い予想は俺の頭が知っていた。
俺は暗号機を回し続け四分の一くらいまで解読しただろうか?すると俺の心臓の音が「ドクドク」と鳴り始める。すぐさま僕は近くの壁に身を隠した。直感が危ない、と叫んでいる。早くそこから離れろと俺に叫んでいる様だ。だが俺は逃げない、ここで縮こまって隠れていた方が生き延びやすい様な気がした。俺の直感はよく当たる。そう信じ俺は隠れ続けた。「ザクザク」そんな音が近づいてくる。もう俺は天に祈ることしかできず祈り続けた。だが無磁気にもその音は近くで鳴り止む。「ドクドク、ドクドク」心臓が鳴り止まない今すぐにでも逃げ出したいが理性に従い動かない。俺はとにかく沈黙を貫いた、口を手で塞ぎ徹底的に音を出さないようにした。こんな時間があといつまで続くのかと憂鬱になり始めたその時足音が聞こえ始めた。どんどん離れていくような足音が聞こえ始める。
俺の心臓が鳴り止み安堵のため息が出てしまう、こんなに緊張したのはクリケットの試合以来な気がする。俺は自分の愛しいバットを見つめ切ない気持ちになってしまう、だがそんな時間はないからさっさと暗号機を回し始めた。
危なげもなく暗号機を回し続ける、沈黙にタイプライターの音が響きわたる。そんな中トランシーバがテレビの砂嵐の音を鳴らした。俺はトランシーバに耳を傾けた。
「一発食らっちゃいました」
味方の玩具職人が喋っているらしい。とても透き通る高い声だが息がとても荒い。すぐに助けに行くため俺は暗号機を、さっきよりも集中して勤しんだ。周りが暗号機を終わらせていく中、俺は他より一足遅く暗号機を回しているらしい。多分自分が機械音痴だからだろう。そう思いながらも俺は3台目となる暗号機を終わらせた。すると急に鐘がなるような音がし頭で理解した。玩具職人が倒れた事を。
「すみません」そんな声がトランシーバーから聞こえてくる。頭が玩具職人の位置がわかるので、僕はそこに向かった。
「「解読停止、救助に行く」」誰かとハモってしまったらしい、僕は走りながらトランシーバに話していたので誰が行くのか判断できなかった。そんな俺だが救助に他の人が来てくれる事に多少なりとも安堵した。
俺は玩具職人の所に突っ走る、何も考えずに走っていると横目に弁護士が映った。彼は白いスーツに赤いネクタイ、そして黒いジーンズにベルトを履いている。何故か彼は常に右手に本を持っているが、それは気にしたら負けな気がする。彼の顔は縦長で顎が逆三角形、そして特徴的な虫テラスをしているような前髪をしている。メガネをかけていて歯はハダカデバネズミっぽく、それが彼のチャームポイントなのかも知れない。
彼と走り続け残り五十メートルかそこらだろうか、玩具職人が座ってるロケットチェアと禍々しい雰囲気を纏ったハンターが見えてきたところで彼が俺に話しかけてきた。
「とりあえず僕が彼を惹きつけるからその間彼女を助けてやってくれないか?」そう弁護士が言ってきた。俺はそれに頷き、近くの物陰に身を潜めた。彼はハンターに一瞬近づくと速攻で離れていった。するとハンターは見逃すまいと鬼の形相で追い始めた。その追い方に狂気すら感じたが、まあハンターだから当たり前か。それを片目に俺はしれっと彼女の元に向かった。
俺はレンガの壁を通り、板があるところを抜けるとそこには大きな風船人形?みたいなのがあった。それは女性の風船であり、麦わら帽子に緑のエプロンをつけている。エプロンの下に青いシャツを着ていて、青いジーンズを履いている。とてもいい出来で大切にされていそうだが何故こんなものがここにあるのか謎でしかない。まあそんなことを気にしている場合があるなら救助しなきゃと思い彼女の方へ目を向ける。
そこには気品がありつつも少しあどけなさがある女性が座っていた。彼女の髪は金髪であり、両サイドの肩に垂らしてある三つ編みがとても似合っている。彼女は白いロングスカートを履いており、上には赤いノースリーブのジャケットを着ている。そのジャケットもオシャレで黄色いひまわりが描かれている。
俺は顔を振り今は彼女の救助が最優先な事は頭に入れロケットチェアから彼女を助け用とする。彼女の手枷をなるべく早く丁寧に外し、ベルトのような物も同様に外した。彼女との距離が近く、顔が何故か熱い。何故かはわからないが、とりあえず彼女の救助には成功した。
彼女は俺に頭を下げつつもできるだけ早くその場から離れようとしていた。俺もすかさず彼女の後ろを走り始めようとした時微かに風船人形が揺れ始めた。違和感を感じた俺はとりあえず彼女のすぐ近くを走る。人形を見ながら走っているとハンターが急に現れた。俺が感じた違和感は正しかった。ハンターは俺と玩具職人を交互に見て、俺の事が見えてないかの様にノータイムで玩具職人を追い始めた。猛スピードで玩具職人に走っていたのを俺は見逃さず、彼女が殴られるすんでの所で俺はハンターとの間に身を挺して入った。背中の痛みは尋常ではなく、100トンのハンマーで殴られたかの様な衝撃をなんとか耐え凌いだ。
ハンターはサメの鈍器を弄っていて動いていない。玩具職人を確認するため前を向くと彼女は何かを設置していた。彼女の足元にある何かを設置し終える。
「ありがとうバッツマンさん、助けてくれた時かっこよかった」そう彼女が俺に微笑みかけ、飛んでいった。文字通り何かの機会を使い飛んでいっていたが、そんな事は関係ない。
俺のテンションはマックスであり最高にハイな状態になっていた。俺は三つしかないクリケットボールを一つポケットから取り出した。そのボールを天高くに投げ、バットを振りかぶる。相手との距離や位置全てを頭に入れハンターを見る。ハンターが動き出そうと一歩を踏む瞬間、俺は全身全霊を捧げ本気の一撃を放った。今までにない程の正確性とパワーを持ち合わせた一撃がハンターを襲う。ハンターは十メートルほど吹っ飛び、とんでもない音と共に壁にぶち当たった。
俺はチャンスをものにするためそそくさと走り出した。走りながら後ろを振り向くと、鬼の形相でハンターは追ってきている。とんでもない圧を感じる、まるで『お前だけは許さない』と言わんばかりである。とりあえず近くにある板を倒し、できるだけ時間を稼げごうとする。板を壊さないと遠回りになる様なポジションなので相手が板を割るだろう。板を割るのにも多少の時間がかかるので次の時間が稼げそうなポジションに行けるだろう。周りを見渡すと近くに小屋があるのでそこに駆け込む。小屋の真ん中には回りきった暗号機があり左には窓、正面には板がついてる。
とりあえず板の方に向かって走る、ハンターとの距離敵に絶対に間に合い板を先倒しておけばまた小屋でぐるぐるできる。そう考えて俺は板を倒した小屋の窓へと向かう。思惑通りハンターは板を壊すので、その間に俺は小屋の窓に向かう。速攻で乗り越え後ろを振り返りながら走る、ハンターが窓を乗り越えると何か黒いもので塞がれていた。
ハンターとの距離が縮まろうとしてきた所で俺はクリケットを構える、さっきほどのパワーはないが即時発射でとりあえずの距離を稼ぐ。振り返り確認しながら走っていく。そしてハンターが俺のクリケットボールを、「バキ」その音と共に赤い破片が飛び散って砕けた。
お、俺のクリケットボールがぁ。そんな思いとは裏腹に俺の足は止まらない、いや止まれない。止まったら死ぬと俺の直感が叫んでいる。「ブー」解読機が全て終わった音が鳴り響く。何となく体の調子が良くなった様な感じがする。
そんな中背筋が凍った、すぐさま後ろを振り向く。そんな奴の目が赤く灯っている。有無を言わさぬ圧力が背中をチクチクと刺してくる。恐怖なんて生温い。全身の毛が逆立つほどの恐怖を感じている。俺は板を倒す、本能があいつを寄せ付けるなと言っているのだ。
俺はハンターを見続ける、絶対に小さな動きも見逃さないように最新の注意を払う。ハンターが板を壊し始めたのを見ると、俺は左に走り始めた。障害物もありハンターとの距離をできるだけ離す。右に曲がり曲がって左を向く障害物があって直線では来れないが、だんだんと迫って俺はバッツを構える。
相手がこちらに曲がってきたその瞬間俺は解き放つ、それは正確無比にハンターにあたったと思った。だが結果はそうはならなかった。ハンターは綺麗にサイドステップを踏み、ボールを避けられてしまった。自信のあるクリケットボールを避けられた事に混乱を隠せないが、それでも歩み続ける。
次の板に行っては同じ事を繰り返し、三つ目の板を倒し離れようと走り出した。走って薬棚を通り抜けようと走った。だが天の女神は俺を見放したらしい。俺は薬の瓶に足を取られてしまったのだ。俺は体を反転し仰向けになる。顔が影で隠れていく。そろりと顔を見上げると満面の笑みが浮かんでる様な、余裕のある態度でハンターがこちらを見てきている。
俺は腕を動かし、ハンターから離れる様に下がっていく。だがハンターは楽しむかの様にこちらにゆっくりと歩いてくる。「ガン」俺の頭部が急に痛み出す。後ろを見るが、それは今一番見たくなかったものかもしれない。
そう、壁があった。
俺は周りを見る。何か、そう何かこの窮地から脱出できるものがないか。刻一刻とハンターは近づいてくる。俺は右や左をとにかく確認した。だが無慈悲にもそんなものはある訳がない。足音が近づくたびに、希望がどんどんと吸い取られていく。
諦めかけたその時、視界の左端で何かが反射した様な気がした。俺は目を擦って見直した、やはり俺の目は希望に縋った幻覚を見せている訳ではなかった。
一筋の希望が俺を照らす。まだ諦めるには早すぎた様だ。そんな時俺の目の前でハンターが止まる。勝利を確信し油断し切っている。奴は振りかぶる今までバッツで受けた痛みを返すと言わんばかりに本気で溜めていた。
そんな思い一撃が降りかかる、だが童話や歴史でも決まって油断するものは負ける。そう、相場は決まっているのだ。
俺は全力で左に転がり、一回転した。そして俺はそれに手を伸ばす。やはり俺の誇れる、これだけは信用できるクリケットボールを拾った。昔からクリケットだけは俺に正直で、生活も支えてくれた。そんなクリケットに何度も命を救われた。そしてまたクリケットに命を救われそうだ。
俺はすぐさま立ち上がる。まだ相手の鈍器は地面に埋まっていてとれていない。もし俺に当たっていたらと思うとぞっとする。今はそんな事は思考から投げ捨てクリケットに集中する。一発目より早く、力を込め終わる。武器がそろそろ抜けようと持ち上がってきた所に俺は刺す。
一発目より弱いが逃げるのには十分なほどの距離が取れた。俺は走り出した。近くのゲートが開き始めた音を俺は聞き逃してない。ハンターとの距離は微妙だがこれ以外手段がない俺は突っ走る。何も考えず俺は突っ走った。
だがやはり無理だ。俺は本気で走ってできるだけの事はした、だがあと一歩届かない。ゲート近くまで来たがもうハンターが近すぎる。半分諦めながらも天に祈る。そして今までお世話になった人に感謝を告げる。後ろを見ながら走る。攻撃まで「3、2、1」自分でカウントダウンし衝撃に備えた。だがいくら待とうと衝撃は来ない。
何と俺の周りにバリアが貼られていた。フクロウが俺を守るかの様に周りを飛び回っている。何とも心強い味方がいたもんだ。こうなれば俺のもの、最後の力を振り絞って走った。ハンターがまた走り出したがもう遅い俺はゲートをくぐりウィニングランを噛み締めた。
そして時が経ったが俺が欲しい報酬がまだ来ない。主催者曰くまだ一回では終わらないらしい。まだ俺はこの地獄を体験しなきゃいけないらしい。