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化かし話

作者: 雉白書屋

 どうもどうも、えー、騙し騙されっていうのは世の常、人の常でありますが、おっとっと。専売特許とまでは申しませんがねぇ元祖、騙す動物と言えばそう、タヌキとキツネですねぇ。

 この二匹、昔から競い合ってきたもんでね。そりゃもう人間なんて手首を捻るようなもんですよっとね、へっへっへ。

 そう、昔々のこと。とある少年がおつかい帰りに山道を歩いていました。

 片手にはお母さんにお土産に、と叔母に持たされた蜜柑を包んだ風呂敷。もう片方の手は道中で拾った長い木の棒。

 おっと今、棒を捨てて、また新たに木の棒を拾いました。先程のよりも長いかなと地面に置いて見比べ、むむむっとまあ退屈しのぎですな。道のりはまだまだ長いですのでね。

 さて、そんな彼に朗報。何やら先のほうで物音がしました。はてさて猪だろうかそれともイタチ?

 そっと近づき様子を見ると、はい、お待ちかね。ここで登場でございます。タヌキとキツネであります。

 おや、喧嘩かな? と少年は思いました。両者睨み合い、何かを喋っているようでしたが人間には獣の言葉はわかりません。ええ、ええ聞かせようとしなければね。

 でも、想像がつきますよね? そう、どっちが上手く化けられるかって話だと。

 と、その二匹、動きをピタリと止め、次いで耳だけをピクピク動かし始めました。

 少年は自分のことがバレたのかなと思いビクリとしましたが、そのまま見ているとどうも違ったようです。

 タヌキとキツネは葉っぱを頭に乗せ、あらよっと! といった具合にお地蔵さまに化けたのでした。

 これは見事だと感心する少年。と、そこへ少年の進行方向から一人のおばあさんがやってきました。

 このおばあさん、横並びになっているお地蔵さまを見つけると、おや、なんでしょうか? おはぎです。おばあさんは二体のお地蔵さまの前におはぎを一つずつ置いて、手を合わせ拝むと去っていきました。

 ほいよっと! といった具合に元に戻った二匹。おはぎを手に持ち、むむむと見比べます。

 こっちの方が大きい、いやこっちだ! とまた喧嘩を始めました。

 それを見た少年はクスクスと笑い、そして閃きました。さささっと来た道を引き返し、今度は歌をうたいながら歩いてきたのです。

 オイラは~甘い蜜柑を抱え~山道を~……っと思った通り。お地蔵さまが二つ並んでいるではありませんか。

 少年は笑みを抑え、そして言いました。


「蜜柑が沢山あるからお供えしていこうっと。そうだなぁ、三個くらいでいいだろう。でもどっちに二つ置こうかなぁ?」


 これを聞いたタヌキとキツネ。こっち、こっちだよっ、とむずむずピクピクと化けたお地蔵さまが震えるではありませんか。

 それを見た少年はニヤリ。


「でも普通のお地蔵さまなんてつまらないなぁ。この先に何かもっとすごいものがあるかもしれないからなぁ」


 そう言うと少年はお地蔵さまに背を向け、ゆっーくりと歩きだしました。

 するとガサゴソと横手の茂みの中を走る音が。それを聞いた少年はまたしてもニヤリ。思った通り、あいつら、先回りをしようと考えたのだな、と。

 さてさて少年の予想は的中。少年の行く先になんと立派な仁王像が二つあるではありませんか。

 少年は笑い出したいのを堪え、言いました。


「すごいすごい! ……でも、どっちも似たようなものだしなぁ、この先にもーっと大きなものがあるかもしれないから、蜜柑はそっちにお供えしよう」


 さてさて、どうなったかはおわかりですよね?

 少年の行く先にあったのは大きな大仏さまと観音さま。

 でも少年、なんかつまらないなぁ、変顔が見たいなぁということであれやこれや、罰当たりな恥ずかしいポーズや変な顔をした大仏さまと観音さまの像が道なりに続いたのでした。


 少年、ついには堪えきれず、笑い転げました。やがて息を切らし、立ち上がるとバ~カ! と一言。駆け出していきました。そう、山道はもうお終い。少年は家のすぐそこまで来ていたのです。暇つぶしは十分だったというわけ。

 さて、家に帰った少年は母親に無事おつかいに行ってきたと報告。

 ですが……ふふふ、びっくり、風呂敷の中身は馬糞でいっぱい!

 あらら一杯食わされたってね。少年は悪戯すんじゃないよ、と尻をはたかれ叱られましたとさ……っと、はい。前菜ですな。ま、昔の話すぎて面白みに欠けますなぁ。

 というわけで、まくらもそこそこに本題ね。続きましては現代のお話。そう、ついこの前起きたお話です。




 ヒック! と声を漏らし、夜道を歩く男。赤ら顔で、あらら泣いているのでしょうか? あながち間違いではないですがその手に持つ、缶ビールからして酔っているのでしょう。

 フラフラとした足取りで男は公園に入り、ベンチに座りました。


「どうしろってんだよぉ……」


 そうぼやき、項垂れる男。それもそのはずこの男、本日定年退職。腫れて、いえ晴れて無職の身なのです。

 定年退職と言っても早期定年退職。つまりは体のいいクビですな。退職金は割り増しですがそれでも妻と子を養い老後を蓄えるのは難しい。まだまだ働けると言ってもこの歳で再就職となると……とまあ、とにかく落ち込んでいるのであります。

 男がため息をつきます。三、二、一、はい、ご一緒に。


「はぁ……」

「はぁ……」


 ん? と今、おれ以外にもため息をする奴がいたな? どこだ? と、男は辺りをきょろきょろ見回します。

 すると目が合いました。男が座るベンチの下。タヌキです。タヌキがいました!

 お互い見つめ合うこと数秒。男がフッと笑いました。タヌキにもまあ、色々あるんだな、と。はい、ありますとも。そしてそしてこのタヌキ、男がこちらに危害を加える気はないと察すると、ベンチの下から出てきて、ぴょん、と男の隣に座りました。

 男は興味無さそうに、一応横目で見つつビールを啜ります。

 でもむせ返りました。まさかタヌキが喋るとは思わなかったのです。


「い、いま、なんて? おまえが喋ったのか?」


「ええ、はい、そうでございます。相談に乗っていただきたく、お声がけさせてもらいましたです、はい」


 男はうーん、と唸り、目をぱちぱちさせました。どうやら酔いすぎたようだ。もしくはストレス。脳の病気か。

 そんな風にあれこれ考えたのでしょう。一方、タヌキは構わず言葉を続けます。待っていても仕方ないですからね。

 話を聞くうちに男も乗り気になったのか一先ずこの状況を飲み込んだようです。


「なるほどな、上手く化けられないと。仲間から馬鹿にされると」


「はい、そうでございます……」


「うーん、そう言われてもなぁ……おれにどうしろと……ん? そもそもどうやって化けるんだ?」


「はい、頭に葉っぱを一枚乗せ、念じれば何にでも化けたり化かしたり」


「ほー、まるで魔法のようだが、そうか、葉っぱね……」


 と、ここでピーンと思いついた男はそっと鞄を開け、中から一枚の葉っぱを取り出しました。

 それは男が今日退職祝いということで貰った花束の中にあった葉っぱです。どこか外国の花の葉っぱでしょうか。見たことがない葉っぱにタヌキは目を輝かせました。

 ケチな上司と同僚がカンパを集め買った花束。駅のゴミ箱に叩き入れなくて良かった、と男はニヤッと笑いました。

 

「さ、これを使ってみろ。ええと海外のな、すごい葉っぱだ。必ず成功するぞ」


 うまくいかなかったら笑ってやろう。タヌキを騙してやったというのも中々乙なものよ。と、自分がつらい時に他の者にもっとつらい目に遭わせようなんて酷い話ですねぇ。

 でも結果。えいや! とタヌキがうまく化けたものだから、男はびっくり。でも最初からうまくいくものと思っていたぞ、とばかりに喜び、そうだろうそうだろうと頷きました。

 さて、義理堅いタヌキ。何か恩返しがしたいと男に申し出ました。

 すると男はうーんと悩んだあと、タヌキに訊ねました。


「『化けたり化かしたり』ということはお前以外でも、例えばそこの落ち葉を何かに変えられるということか?」


「はいですとも!」


 自信がついたようでタヌキは胸を張ってそう答えます。


「で、では、お札、札束なんかにも?」


「はい! ですが時間が経つと元に戻ってしまいます」


「うんうん、だろうな。それは仕方がないことだ、だが本物と変わりはないんだろう?」


「ええ、私の力は天下一品ですので!」


「ははは、いやぁ、でもさすがに機械をごまかせたりはしないだろう?」


「いえいえ、できますとも! 完璧です!」


 それを聞いた男はでは頼むと、鞄の中に落ち葉をありったけ拾い入れ、タヌキに渡しました。

 タヌキが葉っぱを頭に乗せ、むむむと念じると鞄の中の葉っぱはぎっしりと、札束に早変わりしました。


「ふふふん、どうです? 見事なものでしょう」


「……ああ、ああ、ああ」


「しかし人間は本当にお金が大好きですねぇ。それでどうするんです? 写真でも撮るんですか?」


「……いや、ATMに入れるのだ」


「え、ですが時間が経てば、それはただの葉っぱに」


「構わん。金額が記載されればこちらのものなのだぁ」


「で、でも、銀行の方々のご迷惑に……」


「だから構わん! 奴ら、金はたんまり持っているのだ。あ、何をする! はなせ!」


「駄目ですってば! 人間社会に大きく迷惑をかけては駄目なんです! ルールなんです! 目をつけられ、争いに、同胞が駆逐されてしまいます!」


「うるさい! 知ったことか! 黙れこの! 人間様に逆らうな!」


 男はタヌキを突き飛ばし、走り去っていきました。

 さあ、どっちだどっちだぁ? ヒヒヒヒヒと笑いながらATMを探す男。

 と、あまりの形相に声を掛けずにはいられなかったのでしょう……。


「どうもこんばんは」


「はいはい、どうもあっちに行ってろ、え、お巡りさん? あ、あはははは、なんでございましょうこんばんは」


 動揺する男は目線があっち行ったりこっち行ったり上を見て、あら良いお天気ですねなんてしどろもどろ、泥のような汗をかきます。

 一方、冷静沈着お巡りさん。その鞄の中身、見せて貰えます? と男が大事に抱える鞄を指さします。

 まさか逆らえるはずもなく、男は差し出すしかありませんでした。


「これは……葉っぱですね」


「はい、葉っぱです……え、あ! 葉っぱです! そうですそうですはははははは! いやー、趣味でね、えっと、ほら工作とかに使おうかなとええ、あはははははは!」


 と男は残念な気持ちとホッとしたのが半々。札束を見られ、怪しいお金だなと、あれやこれや問い詰められずに済んだのは良かったのですが結局、なんにも得られず残念、トホホというわけです。


「あなたのものだいうことで……では署まで来ていただきましょうか」


「はい! ……え? え、え? 葉っぱですよ? ただの……」


 そう言って男が鞄の中を覗き込むとそこにはビニール詰めの葉っぱがギッシリ。ええ、マリファナです。

 唖然とする男にお巡りさんは言いました。実は近くの公園で死体が見つかったと。そしてそれは麻薬の売人だったと。

 それを聞いた男は目の前が真っ暗になりました。公園で項垂れていたところ、売人に声を掛けられヤケになり、そしてハイになってしまったんだ。ああそうだとも、タヌキが喋るはずないじゃないか……と。


 男はお巡りさんに付き添われ、警察署に行きました。

 受付に鞄を置き、そしておずおずと言います。


「あの、その……これ、あのお巡りさんが見せてこいって」


「あのお巡りさん? どこに、え、うわ!」


「え? あ!」


 男が見せた鞄の中には糞がギッシリ。その中に埋もれた花束の美しさをより際立たせていましたとさ。





 はいはいはい、どうもね、ありがとさんね。長々とね。ありがちなね。もしかしたら前に一度は聞いたことある話だったんじゃないかな? 手をお抜きになられたんじゃないんですかねぇってなーんてね。いやー、長い長い。お疲れでしょう。なもんで、お次は短いお話です。

 これも現代。ある男が夜道を歩いていると、おや、こんなところに鳥居が。

 彼は短い階段を上がり、落ち葉を踏んでその林の奥へ。すると、これはこれはどうも稲荷神社があったとは。

 大きくて古びた社です。埃っぽくて、あらら扉が半開き、とまあいいや。どうせ御利益なんてなぁ……と男は財布の中から一円玉を一枚取り出し、賽銭箱に向かって投げました。

 手を合わせ、祈ります。どうかお金をたくさんください。浴びるほど欲しいです。なむなむ、と……おや?

 目を開け、賽銭箱を見下ろした男。なんとこの賽銭箱。下の部分が引き出しという造りなのですが、鍵が付いていないようなのでした。

 しめしめ、これは神の思し召しか? いや、お稲荷様か?

 そう考えた男は引き出しを開け、チャリンチャリンと次々とお金をポケットの中へ。まあまあ、あるじゃないですか。しめしめ……と、その時でした。後ろのほうからガサリガサッガサッと落ち葉を踏み歩く音がしました。

 男は慌てて引き出しを閉め、社の中に隠れました。別に、暗く距離がありましたし見られてはいなかったでしょうから、堂々としていれば良かったのですが、後ろめたかったのでしょうね、つい隠れてしまったのです。

 社の中は暗く、土の匂い。扉の格子状の窓と隙間から月明かりが僅かに入るだけ。男はその明かりを避けるようにしゃがみ込み、舞う埃に手で口を塞ぎます。

 そうして近づいてくる足音に息を殺していると……チャリン。またチャリン、また……と、お金が賽銭箱に落ちる音がしました。と、またです。それに足音も。グループでしょうか? どうやら他にも参拝客がいるようです。

 お金同士がぶつかり合う音が何度も何度も。すると今度はカサリと音が。今のはお札の音でしょうか? これは思わぬ収入になりそうだ、あの連中が消えたら根こそぎ頂こう。そう考えた男は笑いをこらえるのが大変でした。

 また、音が。カサリカサリと。男は目を閉じ、その音に聞き惚れています。

 カサリ、カサリ、チャリンチャリン。カサリカサリ、チャリンチャリン。

 ……と、おや? 変だぞ? 今のは天井のほうから聞こえたな。

 と、またです。チャリン、チャリン。頭の上、右、左、右。コントロールが悪いのか、それともわざと社の上に乗っけようとしているのでしょうか? そうすればご利益がある? 男は分からず、首を傾げます。

 チャリン、チャリン。……いや、おかしいぞ。今のは足元でしたような……。


 チャリンチャリンチャリン、ゴトッ!

 ものすごい音と振動でした。男が驚き目を開けると、そこは完全な真っ暗闇。

 そんなはずが。さっきまで後ろから月明かりが……あれ、上?

 と、よく見れば天井に一線を引いたような僅かな光。

 そして、そこから巨大な硬貨が落ちてきました。

 そう、そこは賽銭箱の中。ガチャリガチャリと降り注ぐ巨大な硬貨に男は悲鳴ごと埋もれてしまいました。


 ……と、彼が気づいたときには、もう朝になっていました。

 そこは道路を外れた林の中。社も何もなく、彼はただ落ち葉に埋もれていたのでした。





 はいはいはい、どうもご苦労様でした。と両者、話し終えたわけなんですがねキツネさん。

 ふふふ、言っちゃ悪いが私のほうが捻りがきいてたと思うんだけどねぇ。へへへ、まあ判断するのは会場のお客さんだがねぇ。ささ さ、ではこのまま流れで挙手のほうをお願いしましょうかね。

 お先にどうぞ、少ないほうが数えやすいからね、多いほうが後にどーん! ってなったほうが見栄えがいいですしなぁへっへっへっへ、とさあさあどちらが……え? 嘘……全員、キツネさんの話が良かったって? 猫さんも犬さんも会場のみんな、みんな? え、そんなわけ、え? んんん? 

 ……そこのあんた、見ない顔だね。あんたも……でも、なんか目が、あ! おいおいおい、全員キツネが化けていたのかい! あちゃー、身内で固めてこりゃやられた! 化かされちまったってことね。トホホ……。

 ええ、ええ、潔く負けを認めまーっと……おや? 何か声がしませんかね? あああ、大変だこりゃ! 人間が我々を駆除しに来たんですよ! 害獣だってもっぱらの噂ですからねぇ。ああ、大変大変こりゃ勝負どころじゃないね、ええ、ええ、え? あはは、いやいやそんなまさか、タヌキ一族総出で皆さんを化かそうだなんて思ってませんよ。と、そんな迎え撃つだなんておよし、あらら、行っちゃいましたねぇ……へっへっへ、騙すコツは時にあえて嘘をつかないこと、ですなぁ……。

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