株式会社設立
「少しずつ出資を募るのはどうです? しかも、出資会員権は自由に売買できるというのは?」
俺は、株式の概念をそんな風に噛み砕いて提案してみた。
「聞いたことの無い運営方法ですね。ですが最近、サルーテの街で、共同出資を募って船を造ったとか……意外といけるかもしれないですね」
「そうでしょう? 権利を自由に売買できるというのがポイントです。例え大口会員が破産しても、別の人間に売り渡されるだけですから。問題は、経営権も不特定多数の会員に渡ってしまうことですが……」
「問題ありません。巡礼者の皆様に買って頂けばいいのです!」
それはうまくいきそうだが、巡礼者からは金は取らないとか言ってなかったか?
「大丈夫! 樹液は無料で提供しているのですから、経営権の一部を買って頂くだけなら問題ない……はず!」
確証はないのかよ。
だがまぁ、神樹の守り主がそう言っているのなら、進めていいのか?
「では、その方向で進めましょう。とはいえ、私、土地勘がなくて……こういう手続きって、国への届け出が必要なんですかね?」
もといた世界では定款やら登記やらが必要があったが、ここはどうなのだろうか。
「サルーテに商業ギルドがあります。そこに申し出ておけば問題ないかと。ここには私の分身でも置いておきましょう」
そう言ってエルフ少女は当たり前の如く二人に分裂した。
そう言うところはなんでもアリなんだな。この世界。
◇
「船って、飛行船のことだったのかよ……」
商業都市サルーテに着くや否や、巨大な飛行戦艦が鎮座しているのが見えた。
そもそも内陸に向かっていたのだから、早めに気付くべきだったか。
「そうですよ? もしかして別の大陸から来られたのですか?」
文明の大陸間格差は激しいらしい。もとの世界でいうところの南北問題のようなものか。
「まぁそんなところです。初めて見ましたよ。これだけの大きさのものは」
異世界からやって来たと言っても、信じてもらえないだろう。俺は適当に誤魔化しておいた。
「着きました! ここがサルーテの商業ギルドです!」
エルフ少女と共に扉を開けて入ると、中は案外空いていた。
異世界のギルドというと、荒くれ者であふれる冒険者ギルドを思い浮かべてしまうが、それとは正反対だな。
「これはこれは! 神樹講のイズミ様ですね! なんなりとお申し付けください!」
受付嬢はあからさまな低姿勢で、そんなことを言ってきた。このエルフ少女はイズミというのか。そして、かなりの有名人らしい。
「えぇ、ちょっと届け出をしに来ました。この度、主に巡礼者を対象に、広く出資を募ろうと思うのです」
「はぁ、何か大規模な工事でもされるのですか?」
対する受付嬢はきょとんとしている。
「いえ。これまでは大口会員の出資に頼りきりでしたので、もっと小口の出資を募ろうと思うのです。広く浅く」
俺が代わりに説明すると、受付嬢は怪訝そうな顔で俺を見つめてきた。
「イズミ様、こう言ってはなんですが、最近詐欺がはやっているそうなので、注意された方がいいですよ?」
遠回しに俺が詐欺師に見えると言っているのだろう。失礼だが、真っ当な判断だな。
「そのようですね」
イズミの視線の先には、王都で暗躍する詐欺師、タイガという人物の人相書きが貼ってあった。
とんだとばっちりだな。
「言っておきますが、私は一銭も得しませんよ。出資もしないつもりです。よって、経営に口を出す権限もない。巡礼者のみによって運営されるべきと考えるからです」
俺はきっぱりと断っておいた。
「そうですか。まぁ、イズミ様に限って詐欺に引っかかるとは思えませんし、ここは信じておきましょう」
受付嬢は相変わらず失礼な物言いだったが、ひとまず納得したようだ。
にしても、イズミは賢明なことで有名なのだろうか? 受付嬢の信頼度合いといい、結構偉大な人物なのかもな。
かくして、俺たちは出資証券の発行を許可してもらえた。
さすがに「株」という言い方では伝わらなそうだったので、「出資証券」としておいた。こっちの方が異世界では伝わりやすいだろう。