異世界転移
【コンゴウ社の不正会計、2000億円規模にのぼることが判明】
【適正意見を出した、かがみ監査法人の責任が問われる】
新聞の見出しにそんな文字が躍った日。
俺こと、天堂操の公認会計士としての人生は終わった。
仕方がない。かがみ監査法人の代表社員として、コンゴウ社監査の監査責任者であったのは俺だ。
監査報告書にOKを出し、適正意見を出すことを認めたのも俺の責任。
しかし、あくどい手を使う連中だ。現場のメンバーに賄賂まで握らせて不正会計を隠蔽するとは。
株主からの損害賠償請求が俺のもとに届き、自己破産を宣言するまで、そう時間はかからなかった。
「あー、もう人生終わったな」
もう何十回目になるか分からない、そんな台詞を吐く。
会計士になるまで必死で勉強し、なってからも月100時間を超える残業をこなしてきた結果がこれか。
所詮人生とは、苦しみに満ちたものだということか。
そんなことを思いながら夜の街をふらついていると、突然視界が明転した。
目の前には、苔むした樹皮が聳え立っていた。
「な、なんだこれ? どこだここ?」
見上げると、雲を突き破ってどこまでも伸びる、巨大な樹木が生えていた。
「あら、珍しい格好の旅人さんですね。休憩していきます?」
10代後半くらいの少女が、巨大樹の洞穴から手を振っていた。
金髪碧眼で、耳が長い。まるでエルフのようだ。
いや、実際エルフなのだろう。
こんなバカみたいにデカい木、地球にあるはずがない。あったら俺でも知っているはずだ。ここは、異世界か、もしくは別の惑星なのだろう。
「ま、どっちでも同じことか」
言葉は通じるみたいだし、ここはお言葉に甘えておこう。
「お邪魔します」
そうとだけ告げて木のうろに入る。杉に似た良い香りがした。
「どうぞ。この世界樹の樹液です。生じゃないですよ? 熟成させてありますから、そのままでも平気です」
「あ、ありがとうございます」
異世界のよくわからん植物の樹液……大丈夫か?
俺は意を決し、思い切って飲み込んだ。
「美味しい……」
「そうでしょう?」
エルフの少女は嬉しそうに笑いかけてくる。
なんだか、荒んだ心が癒されていく気がする。それに、ここ数日まともな食事を摂っていなかったので、身体に活力がみなぎる。栄養ドリンクのような不自然さはない。健全な栄養の取り方をしたような感じがする。
「ありがとうございます。とりあえず、宿を探したいので、これで失礼します。またここへ来ますよ。美味しかったです。えっと、お代は……」
そう言って財布を取り出すと、エルフ少女は手で制した。
「お代は結構ですよ。もう、ここ潰れるんですよ。『神樹講』って言うんですけどね。大口の出資会員の方が破産されたので……」
「え……そうなんですか」
こんなに美味い樹液が飲めなくなるとは、残念だな。
いや、残念で済ましてはならない。
国家が税金を投じてでも再生すべき事業だ。そもそも、こんなに大きければ世界的にも貴重な植物のはずだ。その樹液を売る店とあらば、人類が総力を挙げて守らねばならない。
「今、『講』と言いましたね? するとこの樹木は神聖なもので、巡礼者がよくやって来るのではないですか?」
講と言えば、お伊勢講や富士講などがある。要は、みんなで金を出し合って参拝に行こうという互助組織だ。
「えぇ、そうですよ。ただ、巡礼者の方からお金は取れないので、富裕層の信者の方に出資してもらって、どうにか樹液採取事業を続けてきました。三千年間」
三千年って……スケールがデカすぎるな。
「ですが、大口会員のバーンハート様がギャンブルにはまって破産されたそうで……支店の家賃の支払いもままならないのです。それに、樹液採取道具の代金支払いも滞っています」
一会員の破産で立ち行かなくなるのは、合名会社などの業態の弱点だな。流動性がない出資をしている上に、一会員が無限責任を負うので倒産のリスクが高い。
いっそ株式会社にしてしまった方が良さそうだな。