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第7話 熱意と向こう見ず

 勇者パーティは六時間に一度休憩を取る。その直前の戦闘では朝陽は別行動を取り、魔物がいないスペースで食事や寝床の用意をした。


 先に進むにつれ敵が手ごわくなってきているのか、三度目の休憩時には勇者パーティの顔に疲労が浮かんでいた。おしゃべりだった彼らが打って変わり、無言でオートミールを口にしている。


 魔物の血にまみれた勇者パーティがあまりに血なまぐさく、朝陽にまた吐き気がこみ上げてきた。どうにかしようと、朝陽は勇者の鎧を布で一心不乱に拭き始めた。


「……アサヒ。何をしている? 食事中なんだが」

「よ、鎧を綺麗にしようかと思いまして! せっかくの立派な鎧が血で錆びてしまわないように!」


 勇者は目を見開き、鎧をピカピカに拭き上げる朝陽を見た。


「アサヒ……。君はなんて気の利くローラーなんだ……っ! 素晴らしい!」

「あっ、あ、ありがとうございます。よければ剣も拭いていいですか? それに他の皆さんの鎧やそのほか血が沁みついているものは全て拭きたいんですがっ」

「ああ、是非頼む! こんなに優秀なローラーは見たことがない!」


 勇者だけでなく、他のパーティも大喜びしていた。朝陽はさらに、濡れた布を一人一人に配り体を拭くようにお願いした。それもまた気遣いとして褒められた。


「こんな清潔な旅は初めてかもしれないわ」

「ねー! すごく嬉しいねー!」


 エルマとサルルは特に喜んでいた。二人の朝陽に対する視線も、今までとは全く違う。

 エルマは朝陽のボウルにオートミールを入れ、さらに酒まで振舞ってくれた。


「一杯だけよ」

「ええ、いいんでしょうか……」

「ええ。あなたのおかげで良い旅ができそう。ところでアサヒ、あなたについて聞かせてちょうだい。あなたは何歳で、元の世界ではどんな生活をしていたの?」


 エルマはずいぶん朝陽のことを気に入ったようだ。


「二十五歳で、書道の先生……伝統的な文字の書き方を子どもたちに教えていました」

「だから文字に関するスキルが得られたのね。っていうか二十五歳なの? 私より年上じゃない」

「ええ。おそらくこのパーティの中で一番年上なんじゃないでしょうか」


 朝陽がそう言うと、パーティ全員がクスクス笑った。そしてダイアがサルルを指さす。


「いんや。サルルが最年長だ。こいつは今年で三十二になるからな」

「えっ」


 朝陽と目が合ったサルルは、すっとぼけた顔をして肩をすくめた。


「ううんっ。サルルは永遠の十歳だよ~」

「ええ、見た目は完全にそのくらいです……」

「サルルは四分の一エルフの血が入ってるから成長が遅いんだ。実際は三十二の最年長だ」


 サルルは笑顔のまま杖を振り、朝陽の耳元で囁くダイアを吹き飛ばした。

 冷や汗を流す朝陽に、サルルが杖を向ける。


「サルルは永遠の十歳だよ?」

「は、はい……十歳デス……」

「うんうん、アサヒは良い子! じゃあ、そろそろ明日に備えて寝よっかあ」


 勇者パーティが眠る間は、朝陽が見張りをすることになっている。日中も寝ずに働いていたので、眠気に勝てず頭で何度か船を漕いだ。朝陽は頬をペチペチ叩き、冷たい水を一気に飲む。


(いけないいけない。ちゃんと見張りしないと。僕はこれくらいしかできないんだから)


 四時間の睡眠をとった勇者パーティは、疲れが取れたのか顔色も随分と良くなった。彼らが起き出した頃にはもう朝陽が朝食を用意してあったので、時間をロスすることなく先に進むことができた。

 朝食を平らげた勇者は、朝陽がピカピカに磨いた剣を眺めながら満足げな声を漏らす。


「いやあ、アサヒは本当に優秀なローラーで助かるよ」

「そう言ってもらえると嬉しいです」

「謙虚なところも好印象だ。さて、では行こうか」


 魔王が待っているのは城の最上階。階段を上るにつれ、見るからに魔物の体が大きくなり、知能も高くなっているのが分かった。勇者たちの傷が増え、反対に彼らの体力や魔力が減っていく。

 最上階に辿り着いた頃には、勇者パーティは満身創痍で息も絶え絶えだった。


「やっと……辿り着いた……っ。ここがっ……魔王の間……だ……」

「だぁぁっ……キツすぎんぜバカ野郎……っ。いやっ、俺はまだまだいけるがなっ……」


 魔王の間に繋がる巨大な扉にもたれかかる勇者とダイアは、立っているのもやっとのようだ。

 サルルとエルマに至っては、床に座り込んでしまった。


「エルマ……エーテルちゃんと飲んだ……?」

「ええ……。最後のエーテルを一滴残らず飲み干したわ……」

「あはは……。私も……」


 戦いに参加していない朝陽も、ほとんど体力が残っていなかった。重い荷物を背負って歩き回ったせいで、歩くたびに腰と膝に激痛が走る。その上、見張りのためにほとんど眠っていないので、ここのところずっと意識が朦朧としていた。


(やっと終わる……。これで元の世界に戻れるんだ……)


 魔王城に足を踏み入れてからこの日でちょうど一週間が経った。早く終われ、早く終われとずっと思っていた。それなのに、フラフラになりながらも魔物に挑み続ける仲間をずっと見ていくうちに、食事を囲む勇者パーティが浮かべる安堵の笑みを見るうちに……朝陽は、元の世界に戻りたいという思いより、仲間の身を案じる気持ちの方が大きくなっていた。


 朝陽は勇気を振り絞り、勇者に声をかけた。


「あの、勇者……。その状態で魔王に挑んだら、命が危ないと思います……」

「……何が言いたい」

「撤退を提案します。今だったらトロールにだって勝てるか怪しい。魔王ならなおさら。だから、態勢を整えて出直しませんか? 僕、その時もお供しますから――」


 朝陽の言葉の途中で、勇者は拳を扉に打ち付けた。黙った朝陽を睨みつけ、折っていた腰をピンと伸ばす。


「見くびらないでくれ。俺たちはまだいける。そうだよな、ダイア」


 ダイアは冷や汗で濡れた顔でニィッと笑ってみせた。


「もちろんだ……。やっとの思いでここまで来たんだ。ここで諦めてたまるかよ」


 エルマとサルルも同じ思いのようで、根を張っていた床から立ち上がり、杖を握る。


「エーテルを飲んだから魔力も回復したわ。まだまだこれから」

「私も。だから、みんなに回復魔法かけてあげるね」


 サルルが杖を振ると、勇者パーティの傷が塞がった。しかし魔力が充分ではなかったのか、ところどころ傷跡が残っている。

 朝陽は小さく首を横に振り、もう一度彼らを止めようとした。


「いくら回復魔法で傷を塞いでも、失った血は戻らないでしょう……? あなたたちが満身創痍なのは変わりません……」


 誰も朝陽の言葉に耳を傾けなかった。

 勇者は朝陽に目も向けず、唾を吐く。


「くどい。俺たちが行くと言っているんだから、アサヒは黙ってついてこい」


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