3.学院長、責任を取らされる
「精霊魔術師がレベル999と断言した彼女を、お前は退学にしたと言うのだな」
国王の声はとても冷たかった。
その、心の奥まで凍らせるような声に、学院長は土下座のまま再びガタガタと震えだした。
「ち、違うんです。アルベルト王子が国王様の命令書を持って来られましたので……その……仕方が無く。そ、そうなんです。仕方が無くです。国王命令には逆らえませんので!」
そうだ、自分は国王命令に従っただけだ。それは違法でも無く、むしろ王国民の義務だ。
学院長は巧妙を見出したとばかりに顔を上げ、そして……
顔を上げなければ良かったと心底後悔した。
何故なら、彼の目の前には怒りを湛えた目を向けている国王がいたからだ。
「三時間ほど前、お前はフィリス伯爵令嬢に言ったな?彼女の不正は擁護できる範囲を超えている、と。その不正とやらは何を指しているのだ?」
もはや絶望的だった。
レベル測定魔道具の特性を完全に無視し、レベル三桁などあり得ないと言う思い込みだけで伯爵令嬢が不正を働いたと糾弾して彼女の退学に同意してしまった。しかも、そのやり取りが国王に筒抜けだったのだ。
「私の……先入観で……彼女に濡れ衣を着せてしまいました……」
もはやこれまでと、学院長は土下座の姿勢のまま、力なく項垂れた。
「ふむ。貴族令嬢に対して退学と言う重い処分を下したのに、単なる思い込みだったと言うのだな」
「はい、彼女の退学に関しては、全て私一人の責任です。ですから、私の子供や孫たちにはお咎め無きよう、どうかどうか、お願いいたします」
学院長の懇願に、国王は一度大きく溜息をつく。
「そなたのこれまでの学院での働きに免じ、そなたの首一つで許そう。学院は、そなたの長男が新たな学院長として、運営するように手配する」
「あ、有難き幸せ。国王様のご慈悲に感謝いたします」
学院長は喜びの涙と鼻水を流し、国王の足元に頬ずりしようと近付いたが、すんでのところで近衛兵たちに取り押さえられた。
「連れて行け」
「はっ!」
そして、近衛兵に引きずられ、学院長が食堂から退室したのを見届けると、国王はアルベルトに顔を向けた。
「さて、アルベルト。お前は王都半壊の責任をとらなければならない」
「ち、父上!?王都を半壊させたのは、あの女ですよ?」
あの場にいた者で、地位が一番高かったのが自分だから責任を取らされる。アルベルトはそう思った。だからこそ、崩壊の張本人の代わりに責任を取らされる事への理不尽さに、アルベルトは抗議の声を上げた。
「お前、あの場で宣言したではないか。王都が半壊したら責任は全てお前が取ると」
「そ、それは」
その場の勢いで言ってしまった事だが、彼は今の今まですっかり忘れていた。
「その約束も、映像として王都中の者達が見ている」
「くっ……」
その場の口約束レベルと軽く考えていたのに、フィリスはそんな事までしていたのかと、アルベルトは歯噛みした。
「で、でも、あの女も悪いんです。魔法学院の魔法実技で、彼女はあれだけの魔法が使える事を隠していたんですから。彼女が学院の実技で使った魔法は、どれも及第点ギリギリの最低ラインだったのです」
「ばかもんっ!!」
国王は机を思い切り叩く……つもりだったが、机が無い事に気付き、その勢いで椅子のひじ掛けの角を叩いた。
激しい痛みが手に伝わる。
涙が出そうな痛みだったが、国王は努めて顔に出さないようにした。
「王都が半壊する程の魔法を授業で使えるわけがないだろうが。それに、あれだけの魔法が使えるんだ。建物を壊さないように力加減をするのは至難の業だろう」
「だ、だったら最後までそれを貫けば良いではないですか。それを、あの女は最後の最後で、私にあのような嫌がらせをして――」
「兄上は、あれが嫌がらせだと本気で思っているのですか!?どれだけ愚かなのですか!?」
アルベルトの声を遮って大声を上げたのは、今まで口を閉じていた第二王子のリチャードだった。
そして、国王はアルベルトのあまりの愚かさに、両掌で顔を覆って項垂れた。