28.我こそは森の真の王
最近、森の隅の方がとても騒がしい。
この辺りは数百年前から高い魔力を感じていたが、最近になってより一層強い反応を感じていた。
やっと、北側からちょっかい掛けて来ていた連中を一掃したところだ、暫らく放置していたこちら側の様子でも見てみよう。
我は、音をも置き去りにするような高速飛行で、森の隅までやってきた。
しかし、こちら側はレベル200を超える魔物達がいないな。北側にはあれ程の数がいたと言うのに。
上空から見下ろす限り、森は静かだ。
むむ……ここまで近付くと、ひしひしと感じるな。
我ほどでは無いが、中々の強者だな……
むっ、あれか?人間の幼体を襲っているケルベロス。
しかし解せぬな。たかがケルベロスが何故に、これ程の力を持っている?
……え?
…………ええっ?
ええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!??
あの人間の幼体から強い魔力反応が出てるの?
良く見たら、ケルベロスがいいように遊ばれてないか?あの幼体に。
……ま、まあ良い。どちらにしろ、やる事は変わらん。
だれがこの森の王か解らせてくれる。
まずは、このままスピードを下げずに近付き、ブレスをお見舞いする。
そして最大限の身体強化で、あの幼体の上に降り立ち、我の巨体で押し潰……うぎゃぎょびゃぁぁぁぁぁ!!
……
……
……
ん?ここは?我は何で森の中で……
ああっ!そうだ、あの幼体っ!!
まさかケルベロスがを投げつけてくるなんで。何て非常識なんだ。
痛ててっ……くそっ!我の皮膜が少し裂けてしまったではないか!
『おい!そこのケルベロス』
『ひいぃっ!すみません、すみません。ち、ち、違うんです。貴方様を攻撃しようとした訳ではなくてですね。その、信じられないかも知れませんが、あの人間の幼体がですね』
ケルベロスはひれ伏してガタガタと震えだした。
まあ、ごく当たり前の行動だ。
先日撃ち滅ぼした北の森の王と、そいつに扇動されていた魔物達は別として、大抵の魔物は我の前では、このように震えだす。
それなのに、あの幼体は何なのだ?
恐れないどころか、ケルベロスを投擲の石のように投げ飛ばしてくるなんて。
あんな無茶苦茶な人間……いや、生き物は生まれて三千年、初めて見たぞ。
『お前が襲って来たなどと思っておらん。それよりもあの人間の幼体は何なのだ?ケルベロスを投げて我を攻撃するなんて……』
『人間!?そ、そうです!こうしちゃいられません。早く逃げましょう!』
『逃げる?何を言っているのだ?貴様、我を誰だと思っている?』
『ち、違うんです!あれを人間の幼体などと思ってはいけません。あれは……』
ケルベロスは恐怖に歪めた顔で、訴えるように言った。
『バケモノです』
バケモノ?何を言っているのだ?相手は人間だろ?
『無自覚のバケモノです』
おいおい、本当にこいつ大丈夫か?幼体だぞ?
『人間の皮を被った別の何かです』
こいつ、ケルベロスの中では最弱なのか?人間をこれだけ恐れるなんて。
「みぃつけたぁ♪」
えっ?背後で声?今まで何もいなかったよね?どこから現れたんだ?
◆ ◆
「ママぁ、あかいのがいた♪」
くそっ!何なんだ?この幼体の怪力は。
両翼の皮膜もボロボロだ。
しかも必死で地面に爪を立てているのに、軽々と引きずって行くとは。
できれば、もう少し優しく握って貰えませんかね?尻尾が千切れちゃうんで。
「フィリス。コウモリも連れて来ちゃダメよ」
だ、だ、誰がコウモリだ!
我は皇帝炎竜だぞ。この森の王だぞ!人間の都市などブレス一発で跡形も無くなるんだぞ。
「でもママぁ。くびのつけねにキラキラがあってキレイなの」
ほ、ほう、貴様、竜の逆鱗に触れようと言うのか?命知らずな。
この逆鱗に触れたら最後、バーサク状態となり、我の力は十倍にもなる。そうなると見境がなくなり大暴れして、我自身、止める事は……
――バキィィィ
ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。
痛い、痛い、痛い、痛いぃぃぃぃぃぃぃぃぃ?
えっ?逆鱗を剥ぎ取られたの?この幼体に?
逆鱗って剥ぎ取る事ができるの?そして剥ぎ取られるとこんなに痛いの?
「ひぃる」
あれ?痛くない?
この幼体。我に治癒魔法を掛けたのか?
いや、感覚で分かる。逆鱗が戻っている。
ヒールではなく再生魔法か?人間の幼体が?
再生魔法なんて人間が使えたのは驚いたが、それにしても、何故に我を癒す?
我がのたうち回ったからか?
幼体で善悪の判断もつかないが、さすがに他の生き物が痛みで苦しんでいるのを見て、悪いことをしたと思ったのか?
案外、悪い奴ではないのかも……
――バキィィィ
ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。
痛い、痛い、痛い、痛いぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!
「はい、これ。ママのぶん」
何なの?何なの、この幼体。
親にあげる分を確保するために再生魔法を使ったと言うの?
狂っている。
ここの人間は全員狂っている。
「そうだ、パパの分も――」
ひいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ。
ここにいたら、何度もあの痛みと再生の無限ループを味わう事になるのか?
くそっ!先ほど受けた再生で皮膜は元に戻っているな?
最大身体強化!最大飛翔ブースト!最大物理耐性!最大魔法耐性!
離脱ぅぅぅぅぅぅぅぅ!!
「あっ、にげちゃう」
「フィリス、放っておきなさい。もうすぐ午後のお茶よ」
「おちゃ?きょうはどんなスイーツがでるの?」
「ふふふ……今日はね――」
◆ ◆
いやぁ、あの時はマジで死ぬかと思った。
あの後、あの森はどうなったんだろうな?
まあ、我には関係の無い事だな。
あのバケモノがいたのは大陸の東側。そしてここは大陸の西側だ。
いくらあの幼体がバケモノ級とはいえ、所詮は人間だ。
人間は国と言う縄張りがあって、容易には他の縄張りに踏み込まな……
『!!』
この魔力は!?
あの日の恐怖が蘇り、体中の血が凍り付く。
あの、幼体だ。
ここまで我を追いかけてきたのか?
――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
これは、地震……いや、何らかの魔法の行使だ。
しかも、何だ?このとてつもない規模の魔力は。
あの幼体。ここまで成長したと言うのか?
最初に会った時の百倍以上だ。
本当に人間なのか?魔神じゃないだろうな?
◆ ◆
この日、フレーチス王国の北側の大地に、底が見えないほどとても深い溝が出現し、その溝の先には巨大な山脈がそびえ立った。
それにより、北側の大地は完全に王国から孤立する事となった。




