26.ファルターニア王国、令嬢の強さの秘密を探るが空振りに終わる
「いったい、フィリス嬢は何処に行ったのでしょう」
ファルターニア王国の国王の執務室では、リチャード第二王子が資料を睨みながらそう呟いた。
ヒュドラが不死のナメクジに変貌した事件から三ヵ月経った現在、流石に次々と入って来た情報から、それに関わっていた者がフィリスである事はルイン七世国王達も気付いていた。
だが、その後の足取りがプッツリと途絶えてしまっていたのだ。
ルイン七世は、ムムムと唸り難しい顔をする。
「最後の目撃情報がゲルーマ帝国の北西から海を渡っていたとの事だったな。すると彼女は魔族領に行った可能性もあるが……なにぶん、向こうからの情報が入って来ないからな」
ゲルーマ帝国では密輸業者経由で一部の魔族を買収して情報を収集していたりするが、ファルターニア王国ではその伝手は無かった。
「レベル999のフィリス嬢だ。命を落とす事は無いだろうが、それにしても何ヵ月も音沙汰が無いとは」
ルイン七世はフィリスが魔族領に行ったとは思っていなかった。
魔族は、海を隔てて隣接しているゲルーマ帝国やフレーチス王国とは多少の小競り合いが続いているが、ファルターニア王国とは何の関係も無いからだ。
(そうなると、単に海の魔物を討伐しに行ったのか。または海上を歩いてフレーチス王国に行ったか)
ルイン七世がそんな事を考えていると、執務室のドアがノックされた。
「入れ」
王が入室の許可を出すと、一人の執事が入って来た。
「失礼します、国王様」
執事は、そう言って見事なお辞儀をすると、ロスチャイルド伯爵邸からの情報が入ったと告げた。
「フィリス嬢の行方についての情報は未だ入っていませんが、彼女がどのような訓練を積んでいたのか確認しました」
「おお、そうか!」
ルイン七世は顔を綻ばせた。
彼は執事に対して、ある命令をしていた。
それは、ロスチャイルド伯爵邸に入り込んでいる『草』、つまり数世代に渡りロスチャイルド家に仕えながら王国に情報を流している密偵から、フィリスのレベルが異常とも言えるほど高い理由を探る事だった。
先天的な素質の差はあるが、それは十歳の時点で普通がレベル5であるところ、一部の者がレベル7とか多くてレベル10が出る程度だ。
その先のレベルアップは、その後の訓練や経験を積む事で得られる。
その為、彼女がどのような特訓をして、あれ程レベルを上げられたのかが分かれば、その訓練を国王直属の部隊に取り入れて軍事力アップを図りたいとの思惑があった。
「はい。草達によると、彼女は八歳になってから基礎体力作りと剣術、そして魔法の訓練を始めたそうですが、それは極一般的なもので、特別なものでは無かったとの事です。そのうえ、特殊な儀式とか試練も一切なく、騎士の家系の一般的な令嬢と変わらないものだったとの事です」
「……おぉ……そうか」
執事からの報告に、ルイン七世は大きく肩を落とした。
「えーと、他の子供と違う点としては、三歳の頃からやんちゃで、メイド達が少し目を離すと庭先で犬とじゃれ合ったり、大きなトカゲやコウモリを捕まえてきたりしていたそうです」
「分かった。つまり多少おてんばだったが、特に普通の貴族の娘と変わらなかったと言う事だな?」
「は、はい。そうです」
結局、フィリス嬢の強さの秘密は分からなかった。
ルイン七世は小さく溜息を吐くと、執事を下がらせた。
執務室を後にした執事は、尊敬する国王の役に立てなかった事に、歯がゆい気持ちで持ち場に戻った。
だが、彼もルイン七世も知らなかった。
何世代もロスチャイルド家で働いている草達の常識が一般常識とはかけ離れている事を。
最初にロスチャイルド家に入り込んだ者はまだ一般常識を持っていたが、それが子供や孫世代となると、物心ついた時からロスチャイルド家の常識の中で育っているため、王都の常識とかけ離れていてもそれに気付かないのだ。
草達は知らない。彼等が犬と思っている生き物がケルベロスであることを。
草達は知らない。彼等が大きなトカゲと思っているものが火蜥蜴であることを。
そして草達は知らない。彼等が大きなコウモリと呼んでいるのが一般的にはワイバーンと呼ばれている事を。




