21.令嬢、ヒュドラをナメクジと勘違いしていたのを過去形にする
「お、おい、お嬢さん。いくらあんたが強いからって、余裕ぶっこいていると死ぬぞ!」
アランは彼女を止めるべく肩を掴もうとするも、それより早く彼女は右手を横に薙いだ。
途端、ヒュドラの身体が五センチ間隔でみじん切りとなり、大量の紫の体液をまき散らした。
「うわっ!皆離れ――」
アランがパーティーメンバーに退避を指示しようとする。だが、彼等の周りに円筒状の薄いピンクの壁が覆っている事に気付いた。
「大丈夫ですわ。一応この周りには障壁を展開していますの。毒も入って来ませんわ」
そう言って優しく微笑むフィリスに、『竜の天敵』の男たちが頬を染めて見惚れる。そして女たちがそんな彼等に不機嫌そうな顔を向けていた。
「あれ?再生しませんわね」
フィリスは首を捻るが、そんな仕草もとても可愛いと思いながらもアランは彼女の手を取る。そして渋い声を作ってキザったらしい仕草で説明する。
「お嬢さん。素晴らしい攻撃でした。貴方の攻撃がヒュドラの再生能力を上回ったため、奴はもう再生する事はありません。お嬢さんの勝利です」
本人はカッコいいと思っている仕草だが、他のメンバーはドン引きだった。
そしてフィリスは、と言えば、ムッと不機嫌そうに眉を寄せている。
「たった一発の魔法で死んでしまったと言うの?これでは魔法の試し打ちになりませんわ」
それを聞いてアランは笑顔を引きつらせる。
「いや、試し打ちって。そもそもあれだけの攻撃に耐えられる魔物なんていませんよ」
そして乾いた笑顔を浮かべた後、少し考えてから口を開いた。
「それにしても、とてもお強いですね。綺麗な衣装を身にまとっているからお貴族様かと思ったのですが、ひょっとして名のある冒険者でしょうか。もし、ソロで活動しているのなら、私達のパーティーに入って貰えないでしょうか」
「ちょっとアラン!勝手に」
いきなりの勧誘に、魔術師のローズが抗議の声を上げる。
「いや、確かに相談はしなかったけど、彼女が仲間に加わったら俺達もSランクを目指せると思わないか?それこそドラゴン・キラーの称号も夢じゃ無いだろ?」
アランの言葉はもっともだった。だがそれは、フィリスにおんぶする形となる。
実力差を考えると、それはもう『竜の天敵』では無く、目の前の少女を中心としたチームに自分達が加わると言う事だ。
それでもSランク冒険者とドラゴン・キラーの肩書きはとても魅力的だ。
とても強い戦力となる美少女をゲットしたいと言う欲望に満ちた目をしているアランとポールを横目に、マリーは葛藤する。
彼等が目の前の少女に鼻の下を伸ばしているのはとても不愉快だ。しかもこの少女をパーティーに加えれば同じ魔術師でもある幼馴染のローズは、このパーティーでの居場所がなくなってしまう。
だが、マリーの葛藤はそう長くは続かなかった。
「そうだわ。このナメクジを蘇生して、もっと強い身体に改造しましょう。そうすれば、まだ色々な魔法を試せますわ」
フィリスがとんでもない事を言い出したからだ。
「「「「ええぇぇぇ!」」」」
皆が驚いた隙に、フィリスは障壁を抜けてヒュドラの毒液の池に足を踏み入れた。
「聖ヒール」
フィリスがそう唱えた途端、暖かく神々しい光が彼女から放たれた。
それと同時に、足元の毒液や肉片が一か所に集まり、次第に形を成していく。
「ローズ!あれは何だ?聖ヒールってあんな事が出来るのか?」
「ふ、普通はできません!あんな事が出来るのは大聖堂級ヒールだけです!第七位階の伝説級ヒールです!」
「「「第七位階!?」」」
驚き目を見開く『竜の天敵』の前で、ヒュドラの身体が元に戻りつつあった。
いや、元にでは無かった。
その身体は二回りほど大きくなっていて、放たれている禍々しいオーラが倍以上に膨れ上がっていた。
そしてその頭部は……
「「「「えっ?」」」」
『竜の天敵』の面々が気の抜けた声を出す。
ヒュドラの首が二本になっていて、その先にあったはずの頭が巨大な黒い目に変貌していた。
そして脚も無かった。
「お……お嬢さん。それってナメクジじゃ……」
アランの頬に一筋の汗が流れ落ちる。
「ええ、巨大なナメクジですわ。今頃気付きましたの?」
呆れた顔を向けて来るフィリスに、『竜の天敵』の全員が心の中でツッコミを入れた。
((((この女、勘違いを現実にしやがった!!))))




