20.令嬢、ナメクジ駆除……ではなく、ヒュドラ退治を始める
「この地方のナメクジばブレスを吐くんですのね」
貴族風の優雅なドレスを身にまとった美少女、フィリスが呑気にそんな事を言う。
「違う違う!あれを見てくれ。頭が四つあるだろ!?」
リーダーのアランがヒュドラを指してそう叫ぶと、フィリスはコテリを首を傾げる。
「四岐ナメクジ……ですの?」
アランが違うと言おうとしたところ、背後で魔力の膨張を感じた。
いや、魔力の溜めは少し前から始まっていたようで、振り返ると既にブレスを吐く直前だった。
全員が言葉を無くして立ち尽くす。
フィリスを除いて。
ヒュドラの口から放たれたのはウォーター・ランス。
但し、人間が放つものとは別次元で、それは正に太い柱のような水の暴力だった。
「えいっ!」
今度こそ死んだと全員が思った時、そのような掛け声と共に完全に氷の壁が現れた。
そして、ウォーター・ランスがその壁に激突する矢先、瞬時に凍り付き、氷の壁はますます厚みを増していった。
「す……すごい」
魔術師のローズがポツリと呟いた。
彼女は以前、一度だけリヴァイアサンのブレスを土壁を作って防御した魔術師を見たことがある。
だが、目の前で起こっている事は、まるで次元が違っていた。
魔術で作った土壁は、リヴァイアサンのブレスを一発受けただけで崩れてしまっていた。
だが、目の前の氷の壁は、ヒュドラのブレスを瞬時に凍り付かせ、その厚みを増して行っている。
やがてブレスが止まると、目の前には氷の壁と言うよりも氷山とでも言ったらいい位の巨大な氷の塊ができていた。
「こっちのナメクジは狂暴ですわね」
「いや、だからナメクジじゃ……」
アランがフィリスの間違いを正そうとするも、彼女は「ちょっとお仕置きして来ますわね」と言って、そのまま氷の塊の横を通ってヒュドラの方に向かってしまった。
慌てて追いかけるドラゴン・キラーの面々。
だが、彼等がフィリスを視界に捉えた時、信じられない光景が広がっていた。
「嘘っ!?ヒュドラの首が……」
マリーがヒュッと息を呑む。
そこには首のないヒュドラと、その足元に転がるヒュドラの四つの首があった。
「死んだのかしら?」
無警戒に近付こうとするフィリス。
「馬鹿っ!そいつはまだ生きているぞ!それに近付くと毒状態になるパッシブスキルを持っているんだ!」
アランがそう言って止めるも、フィリスはそのままヒュドラに向かって行く。
「大丈夫ですわ。私も毒無効のパッシブスキルを持っていますの」
「毒無効!?い、いや、それでもそいつは首を刎ねただけじゃ死なねえ!すぐに再生するぞ!」
アランが言い終わるより早く、ヒュドラの四つの首の根本から肉が盛り上がり、あっという間に頭が再生した。
「首を刎ねただけでは死にませんの?」
フィリスが目を見開く。
「ああ、そいつはいくらでも再生する。倒すには騎士団が再生が追い付かないほど連続的に攻撃し続けるしかないんだ」
「まあ」
アランの説明に驚きの声を上げるフィリス。
「ああ。だから、早くここから逃げ……」
「つまり、今まで試す事が出来なかった魔法をいくらでも使う事ができると言う事ですわね」
「「「「えっ?」」」」
ドラゴン・キラーのメンバーが驚きの声を上げてフィリスに顔を向ける。
そこには、嬉しそうに顔をほころばせているフィリスがいた。




