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15.令嬢、無自覚にやらかす

「な、何だ?」

 ここはゲルーマ帝国の南、スピニーヤ王国の国境から馬車で三日の位置にある小さな街。

 と言っても、森を大きく迂回する形で街道が通っているため、森を突っ切れば一日も掛からない距離だ。森を突っ切る事が出来れば、の話だが。


 その小さな街の冒険者ギルドでは、珍しいお客に受付嬢や冒険者たちが騒然とした。


「こんにちは、ここが受付かしら?」

 とてもこの場には相応しくない、高価な貴族の衣装を身にまとった、絹のような美しい金髪の美少女が受付嬢の前に立った。フィリスだ。

 優しく微笑む彼女の、この世の物とは思えない美しさに、同性であるはずの受付嬢ですら口を開けて暫し見惚れてしまった。

 ポカンと口を開けている受付嬢にフィリスは「おかしいですわね、翻訳魔法の構文は間違っていないはずですけど」と首を傾げる。


「あの、聞こえていますか?」

「あ、は、はい。すみません」

 再度声を掛けられ、現実世界に引き戻された受付嬢は、慌てて返事をする。


「良かったですわ。それで、ここは冒険者ギルドの受付かしら?」

「は、はい。ご依頼ですか?」

 冒険者ギルドでは貴族からの依頼もある。もっともその場合は代理の者がギルドを訪れるか、ギルド職員を呼び出すのが普通だが。

 また、貴族の御子息が部下を伴って偽名で冒険者登録をするケースもある。

 魔法があるこの世界で、女性の冒険者もいない事は無いが、貴族令嬢が冒険者登録する事は無い。

 もし顔に、治癒魔法でも治せない傷でもつけようものなら、冒険者登録を受理したギルド職員とギルド長の首が仲良く飛んでしまうからだ。物理的に。


「いえ、魔物の買い取りをお願いしたいのですわ」

「買い取り、ですか?分かりました、ここに出して下さい」

 冒険者に憧れている令嬢が、拾ったか購入したかで手に入れた魔物の素材を売りに来たのだろうと受付嬢は思った。

 昨年も、とある男爵令嬢が嬉々としてワイバーンのウロコを売りに来ていたので。このようなケースは初めてでは無かった。


「あの、流石に大きすぎでカウンターには乗りませんわ」

 困ったように眉尻を下げるフィリスの仕草もとても絵になると思いなが、受付嬢は考える。お供の騎士にオーガでも討伐させたのだろうかと。


「外に置いてあるのでしょうか。でしたらギルド職員が中に運びます」

 オーガやオークなら、職員を五人ほど呼び出せば足りる。

 だが、もしゴブリンの死体でも持って来られたらハッキリ言って迷惑だ。それでも笑顔を崩さないでいようと、受付嬢は営業スマイルで身構えた。


「いえ、全て(わたしく)の魔法収納の空間に入っていますわ」

「え?すみません、何て言いました?」

 聞きなれない言葉に、営業スマイルのまま首を傾げる。


「第七位階の魔法収納ですわ。ご存じありませんか?」

「七位……ですか?」

 受付嬢がスマイルを崩して訝し気な目を向けるのは仕方がなかった。

 冒険者では第二位階でベテラン。第三位階で高位を名乗れるレベルなのだから。


「はい、これですわ」

 ドン、といきなりカウンターの上に現れた大きな角。

 どうやらミノタウロスのもののようだ。


「色々と大きな魔物の死骸が入っているのですけど、そんな物を持ち歩くのは気持ち悪いので売ってしまおうと思いましたの」

 素材の一部ではなく、全体も収納されていると聞いて、受付嬢は慌てて職員を呼ぶ。

 そして、事情を説明して裏の解体所に連れて行って貰った。



「さて、お嬢様。何を売っていただけるのでしょうか」

 解体所の責任者がフィリスに笑顔を向ける。

 年のころは四十ちょいといったところか。剥き出しの腕や顔に無数の古傷があった。

 少し足を引きずっている事から、ケガで冒険者を止めて、ここで働く事になったのだろう。


 解体所は、冒険者ギルドの裏に建てられた大きな倉庫だった。

 時間的に、まだ討伐に出ている冒険者が戻っていないため、今は解体中の魔物はいなかった。

 この場には責任者と解体職人、フィリス、そして好奇心に駆られた十人ほどの冒険者達しかいない。


「まあ取り敢えず、そこの床の上にでも置いて下さい」

「分かりましたわ」

 フィリスも優しく微笑むと、優雅な動作で売りたい物を収納から取り出した。


 ドン、と言う大きな音が買取所に響く。


「な、何だこれは?」

 責任者が大きく目を見開く。

 いや、彼だけでは無い。解体所にいた全員が大きく目を見開いて硬直する。


「何かは分かりませんわ。襲い掛かって来て五月蠅かったから叩き落しましたの。でも、魔物の種類が分からないと買取は難しいかしら?」

 コテリと首を傾げて困った顔をするフィリスに、フリーズから解けた解体所責任者がツッコミを入れる。

「分かってますよ!これはグリーンドラゴンです!こんな物がいきなり出て来たから驚いたんです!」

 はぁはぁと肩で息をする責任者に、フィリスは安心した顔でニコリと笑う。

「そうでしたか、安心しましたわ。では残りも出しますわね」

「えっ?残り?」


 ドン、ドン、ドン、と次々と積み上がっていくグリーンドラゴン。


「ちょと、ちょっと、そんなに沢山出されても買い取りできません!」

 五頭に達した所で責任者が慌てて待ったを掛ける。

 そんな彼を不思議そうに見つめる目の前の令嬢に、責任者は頭を抱えたくなった。


「お嬢様。どこでこんなに沢山のグリーンドラゴンを手に入れたんです?」

 見た事も無い高位の収納系魔法を息をするように使う少女に、ある可能性が脳裏をよぎったが、理性がそれを受け入れるのを激しく拒否していた。

 だが、そんな彼の葛藤をフィリスの次の言葉が軽く吹き飛ばした。


「この街の南にある森ですわ。スピニーヤ王国の国境から真っすぐここに進んで来たのですけど、途中の森で、このグリーンな生き物が群れを成して襲って来たので、全て叩き落しましたわ」

 彼が脳裏から振り払った考えが的中してしまった。彼女は、あの森を向けて来たのだ。

「む、群れ?ちなみに、どの位の数で……?」

 震える声でそう質問すると、フィリスは困った顔をして答える。


「さあ、二〇〇匹くらいかしら?」


 その場の全員が青ざめる。

 グリーンドラゴンの縄張りとなっていて、冒険者ですら近寄らない森を通り、群がるドラゴンを討伐したと言うのだから。

 しかも、第七位階の魔法収納にその死骸を入れている事から、討伐も恐らく彼女が一人で行ったのだろう事は容易に想像ができた。


 そして……


 既に積み上げられた五頭しか買い取れないと、解体所責任者が土下座をして謝った事により、フィリスは渋々ながら買取費用の白金貨五枚を受け取ってギルドを後にしたのだった。


 ちなみに、彼女自身把握していなかったのだが、彼女が討伐したグリーンドラゴンは506頭だった。

 更に彼女は気付いていなかった。彼女が通った森はグリーンドラゴンの森と呼ばれていて、そして後に元グリーンドラゴンの森と呼ばれるようになる事を。

彼女は襲って来たものだけ倒したつもりが、森のグリーンドラゴンが根絶やしにされてしまいました。

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