8話
山の頂上の入り口だ。広けた硬い地面の周りは切り立った岩肌に囲まれている。その中央でプレイヤーを待ち構えるようにゴーレムは聳え立つ。
「精霊よ! 俺に速さを!」
ソード君がツルハシを構えて距離を詰める。巴君は先制攻撃はしない。火力の高い後衛がターゲットをとってしまうと、一目散に後衛を狙われてしまうからだ。そうなってしまうと陣形も連携も成り立たせるのは非常に困難になる。その場合は素直に立て直しを図った方が良いだろう。
ゴーレムはソード君を迎え撃つように緩慢に動いている。右肩を上げ、腰を落として拳を突き出すモーションをしているが、その頃にはソード君はゴーレムの足元だ。
「おりゃぁっ!!」
右手が利き腕の相手の場合、右足付近にいるのが安定する。腕を伸ばし切った後に手前を攻撃しようとすると、どうしても距離が近過ぎて腕の振り上げ方を変えないといけないからだ。
その間に足の側面に移動し、股下で二度目の攻撃が間に合う。ゴーレムのケツに押し潰されないようにするのも大変だ。
「もういっちょ!!」
全力でツルハシを振るう。体力も筋力もステータスが並のシャーマンには重労働だろう。
「振り下ろしがくるぞ!!」
「ひぃー!!」
ソード君は息も吐く暇もなく股下を駆け抜けていく。直後、ソード君がいた場所に巨大な岩の塊が地面と衝突し、風圧と地響きが周囲に伝播する。
「今だ」
「はい」
腕を振り下ろして硬直し、隙だらけのゴーレムの顔に巴君が矢を射る。エンチャントの光が軌跡を描き、顔の孔に刺さった。やはりこれが一番ダメージが大きい。
それでもエンチャントした矢を残り9本全て当てないといけない体力だ。
「おりゃあ!!」
ソード君がゴーレムの踵に攻撃を入れる。
「立ち上がるぞ! 離れろ!」
巨大な足が大地を揺らしながら動く。
どうやらターゲットが巴君に移ってしまったようだ。
「俺が前に出る!」
エンチャントした石の手斧をゴーレムの顔に投げる。あまりダメージは入らないが、弱点を攻撃されるのは気に障ったようだ。
ゴーレムが腕を振り上げた。
「山河を一息に駆ける精霊よ。風の精霊よ」
残念ながら、ゴーレムが腕を振り上げてから俺が走り出しても先程ソード君がしたようにゴーレムの股下に辿り着くような速さは出せない。
「我に加護を与え給え」
つまりは瞬発的に距離を詰めるしかない。
頭上に影が差し、とてつもない質量が後ろへと過ぎ去っていく。
「今だ!!」
このタイミングなら、三人で同時にゴーレムに攻撃を叩き込める。俺も両手でツルハシを構え、振り下ろす。
「せえよっとお!!」
やっぱりこれしんどいわ。次からは「どっこいしょ!」になる自信がある。
「おりゃあっ!!」
目線の先では意気揚々とゴーレムの後ろから駆け込んできたソード君が飛ぶようにツルハシを振り下ろしていた。巴君は黙々と矢を射っているだろう。
「ゴオオオオ!!」
体力を大きく減らしたゴーレムが、地鳴りそのものの声を挙げた。
「離れろ!」
これからのゴーレムは闇雲に両腕を振り子のように振り回したり、地団駄を踏む動きが増える。その間はとてもツルハシで攻撃なんて出来ず、距離をとるしかない。
この間にツルハシにエンチャントをかけ直す。鉄のツルハシは石の鏃ほどエンチャントをしやすくはないが、しないよりはましだ。
「精霊よ。我が武器に宿り、祝福を与え給え」
ゴーレムの地団駄は右、左と交互に繰り返すため、右足で踏みつけた後が安全ではないが攻撃のチャンスとなる。
「どっこいしょっと!!」
ソード君はまだ体勢を整えているようだ。よくやってくれているほうだ。このまま俺が正面を維持できればそのぶんだけソード君は安定して動け、メイン火力の巴君が活きる。
俺の頑張り次第だな。
「ゴオオオオ!!」
素早くなった振り上げからの両腕の振り下ろしを全力で前に跳んでやり過ごし、片膝をついた右足にツルハシを振り下ろす。
「一回!! 二回!!」
二回でゴーレムが立ち上がり始めるが、構わず三回目を打ち込む。それが功を奏し、上がり始めていた膝が力を失って下がる。ゴーレムは完全に怯んでいた。
「うおおお?!」
全力で離れる。体勢を崩した時が一番押し潰されそうでひやひやものだ。
「うおお!! ここだあああ!!」
万全の体勢を整えていたソード君が俺と交代するように擦れ違い様に走っていく。
「吹き上がる精霊よ。風の精霊よ」
ここが踏ん張りどころだ。精霊に呼びかけ、祈りを籠める。
「我に加護を与え給え」
一息に跳躍し、ゴーレムの肩に飛び乗る。何本も矢が刺さった顔の孔を目がけ、思い切りツルハシを横に振り抜く。切っ先が孔に減り込んでいく。足を攻撃していた時より手応えは抜群だ。
そこでゴーレムのHPは底をつき、光となって消えた。
「よっしゃあああ!! 初めてボスを倒したぞ!!」
ソード君が感極まったようにツルハシを地面に放り捨て、両手を挙げて喜んでいた。「くぅ〜〜!!」とまさに喜びを噛み締めている。
「二人とも、今日は本当にありがとう」
素直に感謝を告げる。
ゴーレムのドロップは大したことはない。ここで自由に採掘出来るようになるのが一番の報酬だ。
ソード君の武器が鉄シリーズになる日も近いだろう。
巴君を見ると、なにやら浮かれない顔色だった。
「すみません。二本外しました……」
「いやいや。八本も当てているじゃないか。体力も一人で半分以上削っている。巴君が胸を張らなくてどうするんだ?」
「半分以上?! 生産職なのにどんな火力だよ?!」
ソード君は気づいていなかったようで、顎が外れるんじゃないかというほど驚愕して巴君に詰め寄っていた。こういう反応になるのが普通だろう。
「じゃあ俺は何割くらいなんですか?!」
「およそ一割だ」
「がーん!!」
「ダメージが稼げないのは相手が特殊ボスで、なおかつ君のレベルが低いから仕方ない。そんなことは気にならないくらい素晴らしい立ち回りだった」
「なんか、複雑っスね……」
結局二人ともストイックじゃないか。二人を立ち直らせるためにヨイショしまくるのも面倒だった。
「じゃあ、改めて今日はありがとう。俺はこれで失礼させてもらうよ」
「ありがとうございました」
「ありがとうございました……」
じゃあ、と足早にログアウトする。きっと俺がフォローしなくても、二人でいちゃいちゃして立ち直るに違いない。
むしろ俺が挫けそうだ。