7話
「精霊よ! 敵を崩せ!」
武装したゴブリンを相手にソード君が立ち回っている。今の祈りは『精霊の悪戯』だ。
武器を持ったぶん、素手のゴブリンより厄介だがステータスに大きな違いはない。中距離から頭を射抜ける巴君にとっては素手のゴブリンと変わらない相手だが、ソード君にとっては良い経験が積める強敵だ。
胆力がないと剣を切り結ぶなんて考え方は中々出来ることじゃないが、ソード君は物怖じしなかった。
「精霊よ! 俺に力を!」
ソード君には勢いがある。ひたむきな熱意はシャーマンの祈りのスキルの判定が成功しやすい。そういう意味ではシャーマンに向いていると言えるかもしれないが、体術が七割の現状では剣士のほうがもっと向いていると言わざるを得ない。
剣士になれば『スラッシュ』という斬撃の威力に大きな上方修正をつけられるスキルを覚えられる。そっちのほうがシャーマンのちまちましたバフより遥かに強いだろう。
「……そこ」
巴君は援護射撃の練習中だった。確かに弓術は上手いが、戦闘に関してはやはり初心者だ。ソード君が後ろに下がりたい時、前に出たい時、敵が特殊な行動を起こそうとしている時。そういう流れと行動の起こりを機敏に読むにはまだまだ程遠かった。
……なんて偉そうに色々とダメ出しをしているが、二人ともセンスはかなりある。初心者という点を鑑みれば、百点満点に近い動きができているように思われる。少なくとも俺がパーティーのリーダーで、新しく入った新人がこの二人だったら泣いて喜ぶだろう。
「良い連携だった。少し休憩しよう」
山エリアに入ってからおよそニ時間が経つところだった。戦闘と採取の両方をこなす巴君の消耗は特に著しい。精神的な疲れは本人やキャラクターのバイタリティ(VIT)が高くても軽減出来るものではない。
「ふー、かなり成長した実感があるっス」
疲れからか喋り方が雑になっているソード君の横で、巴君が無言で頷いた。
ちまちまとスライムを相手にしていた時間と比べれば、達成感と充足感はかなりのものだろう。
「正直な話、こんなにスムーズに登れるとは思っていなかった。ソード君と巴君には驚かされてばかりだ」
本当は二人がログアウトしてから、一人でゴーレムを倒しにいくつもりだったからな。
「森の民さんが教えてくれるおかげですよ」
ソード君は「へへへ……」と照れ笑いをして謙遜しているが、「次はこうしたらいい」と示すだけでできるようになる二人の能力の高さに比べればやはり俺の存在なんてたかが知れているだろう。
「ここからは俺の都合で悪いんだけど、そもそもここに来たのはこの先に出るゴーレムを倒したいからなんだ」
「ゴーレムって、あの石の巨人ですか?」
「そうだ。俺に着いてきてくれてもいいし、俺がパーティーから抜けて、二人は好きに動いてくれてもいい」
「俺はゴーレムと戦ってみたいです」
「私も見てみたいです……」
「なら休憩しながら聞いてくれ」
「「はい」」
二人はやる気に満ち溢れていた。反応速度、言の葉の強さの端々から若さを感じる。というか最早これはぶつけられているんじゃないかというほどの圧だ。
「ゴーレムは序盤のちょっとしたボスみたいなものだ。刃物は通さない。物理攻撃は3mほどの高さの顔の孔か、それぞれの関節部にしか通じないから、近接職殺しと名高い。棍棒を持った変態がひたすら足を叩いて破壊する動画も山ほどあるが、それは参考にしないでくれ」
「初心者はどうやって攻略するんですか?」
「ゴーレムの弱点は魔法とツルハシだ。きちんと道具を揃えてから臨めば、一撃の威力が高いだけの遅い敵でしかない。その代わり、攻撃を受けたら一撃で終わりだと思ってほしい」
「じゃあ俺はツルハシで戦えばいいんですか?」
「ああ。精霊の祝福でツルハシにエンチャントすると良いダメージになるぞ。武器を振って前回り受身、サイドステップ、歩きで安全な立ち位置を維持する練習にもなる」
「わかりました」
ツルハシを振るうのは初めてになるだろう。ソード君はイメージトレーニングに没頭し始めたようだった。
「巴君はゴーレムの顔の孔に矢を当ててくれ。矢は俺がエンチャントするから、10本ほど出してくれ」
「わかりました」
「ありがとう」
早速矢を10本取り出して手渡してくれたので、有り難く受け取る。両手で鏃が上になるように矢を握り、祈る。
「精霊よ。我が手に集まり給え」
時間をかけられる時は、こうして精霊が充分に集まってくれるようにゆっくりと祈りを続ける。
「精霊よ。我が手に握る石に宿り給え」
石は鏃のことだ。鏃に集まってくれたほうが威力が高まるし、精霊も石のような物のほうが指向性を持って宿りやすい。鉄で出来た鏃などからはエンチャントの難易度が増していく。
「祈りってよくわからないんですけど、どういう言い方がいいんですか?」
「自分の気持ちが籠めやすくて、精霊がわかりやすい言い方……らしい。俺にもよくわからない、というのが本音だな。やってみて精霊の集まりが悪かった時に考えるといい」
「そういうもんなんですね」
「こればかりは悪いがそういうもんだ」
このゲームを続けて答えを探してくれとしか言いようがない。
その後も雑談を交えながら、打倒ゴーレムのための理解を3人で擦り合わせていった。