4話
「すみませーん!! 森の民さんですよね!?」
「ん?」
拠点の外から勇気を振り絞ったような声を張り出していたのは、同じシャーマンだった。
彼が俺の拠点に入れないわけではないが、少年は入ってくる気配がない。会話をするには遠い距離だ。
桃櫛神様の拠点作りの思索に難航していて重くなった腰を上げ、俺から近づいていく。
「そうだが、君は?」
「掲示板でシャーマンのことについて教えてくれそうな人って紹介されて来ました!」
「は?」
「これですこれ!!」
とんでもないことを言っている自覚があるのか、彼は必死に弁明するように掲示板を見せてきた。
◇◇
【初心者シャーマンのスレ】
41:新入りのシャーマン
シャーマンがパーティーを組んだり街付近での活動に向いていないのはわかりました
チュートリアルの戦い方がなんだかまどろっこしいというか……皆さんはどうやって呪文を唱えて戦うんですか?
42:名無しのシャーマン
まどろっこしいねぇ……まぁ初心者はそうだわなぁ
主は今どこにいるわけよ?
43:新入りのシャーマン
冒険の街の近くのスタートです
44:名無しのシャーマン
無難だな
それなら近くにもってこいのシャーマンがいるからそいつに聞いてみ
行ってみて聞くだけならタダだろ?
45:新入りのシャーマン
わかりました!
◇◇
わかっちゃったかぁ……。
「こういう感じです!」
「経緯は理解した。とりあえずシャーマンの実戦を見たいんだな?」
「はい!」
掲示板はもういい、と手で制す。
呪文か。『シャーマンの呪文は精霊への呼びかけからです! 精霊さんへのお祈りが大事なんですねぇ〜。一緒にティティと呼びかけましょうね!』というチュートリアルを思い出す。
懐かしいもんだ。
「よし、スライムを火の玉で倒すところから見せてやる」
「いいんですか?!」
「ああ。着いてきてくれ」
「ありがとうございます!」
気乗りはしないが、てくてくと拠点の外へ歩いて行く。
「俺は森の民。君は?」
「ソードです!」
第一印象から思っていたが、ソードは全然シャーマンらしくなかった。名前といい、性格といい、シャーマンよりはよほど剣士が似合っているように思う。
「なんでソード君はシャーマンを続けているんだ?」
「えっと、明日くらいにリア友がこのゲームを始めるんス。そのリア友っていうのがこういうゲームに不慣れで。それに生産職をやりたいっていうもんだから、俺も新しいことをしてみようかと思ったんですよ」
「なるほど。初心者と歩幅を合わせようってことか」
「そんな感じですね」
ますますシャーマンらしくない。慣れない職業をするという趣旨なら、シャーマン以外に候補がたくさんあるはずだ。
まぁソード君がいつかやめるにしても、経験してみるのは悪くないだろう。野暮なことは口に出さないよう、改めて気をつけることを心に決める。
「スライムがいるな」
「はい」
早速実演する。
「精霊よ」
人差し指をスライムに向ける。
「彼の青き者を熱する火を与え給え」
弱い火がスライムにあたり、じゅっと音を残してスライムは消えた。
「こんなもんだ」
「あ、はい……」
ソード君は微妙な顔をしていた。
「剣士、魔法使い、弓使い、斥候、生産職などに近いことができて自由度は高いが、呪文の成否や威力に乱数値が高く、街付近では弱体化するデメリットもある。それがシャーマンだ」
「特殊ですね」
「そうだ。なにより精霊への呼びかけに気持ちをこめられないと駄目だ。シャーマンは精霊にお願いをする職業だからな」
「精霊にお願いをする職業……」
「厳しいことをいうが、『なんで電子空間の虚構の存在に感謝を感じないといけないのか』とか疑問に思うならシャーマンは諦めたほうがいい。これは良い悪いじゃなくて、向き不向きの問題だからな」
俺にしては珍しく長々と喋っているが、ソード君は難しい顔をして決めあぐねているようで、言葉を紡げないでいた。
「例えばハイレベルのシャーマンが強い相手と戦っている動画はたくさんあるし、自由気ままにスローライフを送っている動画もある。それを見て憧れやなんかを抱いたり、魅力を感じてやってみたいと思うかもしれないが、それは別にシャーマンじゃなくていいんだ。むしろ専門職のほうがもっと凄いことが出来るはずで、シャーマンなんか普通は選ばないんだよ」
だから、これ以上俺がスライムより強い相手と戦ったりして見せても無駄だと説明する。
「ちょっと考えてみます。今日はありがとうございました」
「ああ。シャーマンを続けるにしてもやめるにしても、わからないことがあったら聞きにくるといい」
「いいんですか?!」
「一応そういうのを含めて金を貰っているんだよ。じゃあまたな」
逃げるように言い捨ててログアウトする。去り際に「ありがとうござます」みたいな言葉が聞こえたような気がする。
野暮なことは口にしないように決めたはずなのに……。思いっきりシャーマンをやめるように勧めてしまったし、一時の親切心で柄にもないことをしてしまった。
溜息しか出ないな。