3話
拠点の空気は美味い!
巡回する精鋭コボルトを倒してから道中何事もなく、無事に帰路に着くことができた。気分は爽快だ。
巡回する精鋭コボルトから手に入れたレアドロップ、精鋭コボルトシリーズの直剣を手に持って構えてみる。
ずっしりとした重みを感じる。この直剣をきちんと扱うなら、両手が塞がる重さだ。片手で振り回すには筋力(STR)が足りない。
「精霊よ。我に力を与え給え」
筋力を上げてみてもそこまでシャーマンらしく戦えなさそうだ。器用さ(DEX)はあるが、剣技が達者になるわけじゃないからな。
まぁ、それでもないよりはマシだ。もっと進んだエリアで落ちる武器だから、性能自体は今手に入る武器では破格に高い。
祭壇(拠点の真ん中に突き刺さる枝)の前に直剣を含めた入手アイテムを置き、祈る。
「この地の恵みに祈りを捧げん」
これによって精霊の祝福を授かったアイテムになる。枝を拾う。これもただの枝ではなく、祝福を授かった枝だ。
真ん中に突き立てた枝を支柱にして枝を増やし、蔦で縛り、その周りを石で囲む。
祝福を授かったアイテムの数を増やしていけば拠点の力は増していく。一回一回は微々たるものだが、こうやってこつこつと祈りを積み重ねていけば、ただの石でも強力な祝福を授かったアイテムへと変貌する。拠点周囲にばら撒いた石でもそれは同じことだ。
そしてこれからが今日のメインイベントだ。
木彫りの人形を取り出す。題をつけるなら着物を着た女の子のこけしだろうか。体験版βで俺が小刀で削り、磨いて作り上げたものだ。ゲーム補正でデフォルメされるとはいえ、素人のハンドメイドに相応しく不恰好な外見だ。
わざわざ格上の巡回する精鋭コボルトを倒してレベルアップを図ったのはこのためで、なんでも体験版βでは自作の人形にはより強力な精霊が宿るようになったという。
やはり引き継ぎ特典やアップデート情報は見ておくべきだと改めて思う。
少しだけ豪華になった祭壇に木彫りの人形をそっと立て掛け、情報で見た通りに精霊への呼びかけを唱える。
「精霊よ。我らに寄り添い加護を与え給え」
すると今までに見たことがないくらいに淡い光が木彫りの人形を包み込んでいく。
ついには薄く目も開けていられないくらいに発光しだした。
一体何が起きているのだろうか。何か凄い武器に変わったりしているのだろうか。
期待を隠しきれずに目を凝らすと、木彫りの人形に足が生えていた。なにやら可愛らしくなっておられる。
「これは……」
なんだ? 困惑する。触ってもいいのだろうか。
手を近づけると枝の後ろに隠れてしまった。
お触り厳禁らしい。これは申し訳ないことをした。
この女の子から得られる情報は限りなく少ないことを察し、アイテムの説明を見てみる。
『精霊を宿した木彫りの人形。シャーマンの拠点に住み、共に成長していくだろう。』
どうやら守り神のような存在らしい。
ざっくりとした概念的な特徴としては、家を守る座敷童とかそういう感じに思われる。ブラウニーやコロポックルも似たような系列らしいが、元になったのが着物の女の子の木彫りの人形だからかメイドインジャパニーズを感じる。
よくわからないが、目に見える精霊が増えたと思うことにしよう。
「精霊よ──」
呼びかけてみるが、言葉が続かない。定型文以外となると、途端にわからなくなって駄目だな。
仕方ないので心の中で謝意と挨拶の念だけ送り、立ち上がる。
祭壇と少女から離れ、拠点の中に生えている切り株に腰を下ろし、掲示板を開いた。きっと今頃はこの人形に宿った精霊のことで話題が持ちきりになっていることだろう。
しかし意外なことに、勢いのあるスレッドが二つもある。シャーマンの掲示板のくせに。珍しいこともあるものだ。
勢いのあるスレッドタイトルの一つはメインの雑談・総合スレ。もう一つはなんと初心者シャーマンのスレだった。あの直ぐにやめるだろうと思い込んでいた彼がまだ生き残っているとでもいうのだろうか。
初心者シャーマンのスレを見たい気持ちをなんとか抑え、当初の予定通り、メインの雑談・総合スレを開いた。
◇◇
482:名無しのシャーマン
【悲報】ワイ氏、適当に編んだ藁人形が悪霊みたいな見た目になる【怖い】
483:名無しのシャーマン
俺は木彫りの狼がそのままかっこいい狼になったぞ
484:名無しのシャーマン
>>483 祝ってやる!
485:名無しのシャーマン
>>484 ありがとう
486:名無しのシャーマン
おめでとう
487:名無しのシャーマン
おめでとう
488:名無しのシャーマン
おめでとう
489:名無しのシャーマン
全てのおまいらに、ありがとう
490:名無しのシャーマン
ここまでテンプレ
491:名無しのシャーマン
ここから全部俺の自演
492:名無しのシャーマン
そんなことより名前をつけるの忘れるなよ
493:名無しのシャーマン
忘れてたわ ありがとう
494:名無しのシャーマン
ありがとう
495:名無しのシャーマン
ありがとう
496:名無しのシャーマン
ありがとう
◇◇
びっくりするくらい内容が薄かった。自慢と悲報とテンプレだけが延々と流れている。頭がどうにかなりそうだった。
ただ名前をつけるのは俺も忘れていた。ゴミ山の中で一つだけ綺麗なおもちゃを見つけた気分だ。
しかし名前か……。これは困った。森の民なんて名前のシャーマンにネーミングセンスがあるはずもない。
根拠のない誇りと信仰心だけがある。それが森の民だ。嘘だ。
座敷童を並べ替えたり文字ってみるが、良い案が浮かばない。一旦諦めて座敷童から離れて考えてみよう。
着ている着物や簪はピンク色だった。
桃? 桜?
そして守り神だ。
決めた。桃櫛神様とお呼びして祀ろう。
なんということか。俺の拠点は少女を崇めることで強くなる祭壇になってしまった。
切り株から立ち上がり、神妙な心持ちで祭壇に向かった。
すると、桃櫛神様は突き立てられた枝の裏にコボルトの毛皮と枯れ葉を敷き詰めているところだった。
自分で居場所を作るとは、桃櫛神様は案外と強かなのかもしれない。
感心して見ていると、俺に気がついた桃櫛神様が姿を消してしまった。どうやら目視厳禁だったらしい。申し訳ないことをした。
あとで仕切りか何かをつけるかとか考えながら、祭壇に片膝をついて祈る。
「精霊よ。我が守り神を桃櫛神様とし奉らん」
『命名されました』と無機質なシステムメッセージが浮かんだ。桃櫛神様は隠れてしまったので喜んでいるのか、はたまた嫌がっているのかすらわからないのが気がかりだが。
とはいえどうやら成功したようだとほっと胸を撫で下ろす。
今のままの見窄らしい祭壇では住みづらいだろう。流石に可哀想だ。なんとかしようというモチベーションだけは最高潮に達していた。